農夫のように立っている。

おめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 

さて

セッション1が終わり立ち上がって貰った時に、どんな感じがしますか?と聞くことが多いのですが、実に色々な返答が戻ってきます。

 

例えば、

エチオピア人のようとか、

空間が広がったとか、

色が鮮やかになったとか、

見えるものが飛び出て見えるとか、

先生がカッコよく見えるとか^^;

 

千差万別の感想が貰える。

 

 

新しい表現を頂いた。

「農夫のように立っている気がします。」

こんな言葉が帰ってきた。

その他の表現でも色々と斬新な表現を頂ける、なかなかの詩人です。

セッションを進めるのが楽しみです。

 詩人であること。

それは視覚文化を過剰摂取している現代人には必要なことかも知れない。


現実からイメージを切り取る。

そのイメージが誰かとの間に雰囲気を作る。

日本語はハイコンテクスト言語、詩的世界が拡がりやすいですね。他の展開にも繋がります。




記憶の端からふとこんな言葉が浮かんだ。

詩人と農夫。 




一部、「線路は続くよどこまでも」に聞こえます。新年はクラシック曲から始めてみます。

光と影

アスリートの記憶と記録展より
アスリートの記憶と記録展より

 

知人の写真展に行ってきました。


華やかなスポーツ選手にも光と影があります。

我々は大概、光の部分しか見てませんね。



光当たるところに影あり。

身体にも影にしていたところがあります。

影にしていたところに光を当てて、重力と統合した身体になってみるという意図もロルフィングにはあったりします。

 

影の部分は、潜在能力出会ったり、気づきだったり、

楽だったり、感情だったりします。

 

でも全部で、自分自身だという発見に、先行き不明な現実の次なる一歩が見えたりすることがあります。

 

身体というのは行動力を司りますので、縁や運が変わり、動き出すような不思議なことが起こりうるのが10シリーズ、アウェアネスシリーズの面白いところです。

 

カエル

新年のおみくじ、

ついてきたのはカエルでした。

おサイフに入れました。

 

宝がカエル

無事カエル

若ガエル

と書いてありました。

 

素晴らしいな。

今年は、色々なものが、かえってくる年回りのようです。

 

 

 

 

はしゃいだ子供たちの

声も届かないこの場所で

あぁ、この想いも 痛みさえも

 

 

今日はこれを弾いています。

時代は変わった

風呂から上がりました。

昔からアイデアは風呂にいる時に浮かぶと言いますね。ギリシャ時代のアルキメデスの言葉で「ユリーカ」(分かった!見つけた!)というのが残っていますが、これは確か風呂の中だったと記憶しています。

 

 

さて、

例えば時代劇の価値観。文楽や歌舞伎の時代物、世話物の物語。シェイクスピアや神話の世界まで、これまで作られてきた物語はたくさんあります。でも今ではないこうした物語が一元化し、凡庸になりつつある現実を活性化してくれているのだと思います。

 

僕は広告業界に長らくいて、物語をたくさん作り出してきました。広告マンとは、ストリーテラーでもありました。それは時に、真実であったり(視点を固定した事実)、フィクションであったり、ノンフィクションであったり、ドキュメンタリーであったり、ファンタジーであったり。広告業界は、虚業の世界でありました。広告は特にですが、映画も、小説も、ドラマも、テレビも、雑誌も、ある程度は同根だったと思うのです。人間の作りもの、つまり全てフェイクだったはず。フェイクとしてフェイクを楽しんでいたはず。

 

いつからか、情報化の進行と共に、データ的な裏付けを求められ、実質的、当然あるものとなり、虚なりに動かす、或いは動きを期待され、枠の中、役割としてのクリエイティビティとなり、その後はあれよあれよと、現実的なシリアスな数字を追いかけるリピート再生のような現実が仕事を覆った時代もあります。いつの間にか、偽物や悪人は消え去り、正義の味方とヒーローだらけの時代になってしまいました。無駄や必要悪は、排除され続けていきました。

 

僕の使う言葉も、パラダイムコンセプトもあり、真実もあり、説明もあり、思い込みも、そしてフェイクニュースもあるかも知れません。不確実性の中で、僕らは自分にとって確かなもの、世界の全てを自分にしようとしているのかも知れません。

一人一人の為の自分の身体、自己理解の為の特別な時間。変化の激しい時代だからこそ、何が真実か分からなくなってきた現代だからこそ、自分の身体と心を近づけ、自分でい続けたいと思う人には、とても有益な時間を提供できていると考えております。

 

自分を感じれるニュートラルな身体へ。

 

 

ボディフルネス瞑想

瞑想を行う方は確実に増えてきましたね。セッションでも瞑想の指導をすることがよくありましたので、その部分切り離して、ボディワーカーのする瞑想メニュー作ってみました。(→ボディフルネス瞑想

 

例えば呼吸を意識するにしても、呼吸に対する知覚が少ないと意識する範囲も限られてきますね。体のイメージトレーニングをして、身体イメージ力を高め、瞑想の質を高めていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

セッションは一回から受けられます。

Possible

こんばんは。課題ではありましたがオリジナル曲、初めて作詞・作曲をしてみました。そして人前で歌ってみて、そして動画を取り、タイトルを入れたり、歌詞を入れたり、映像加工し、youtubeにアップまで限定でとりあえずしてみました。

 

昨年映画を作った時にも思いましたが、こうして1つのこと全部に関わることって、とても大切なことなんだと思いました。仕事や社会の一部・部分だけ担当していたり、日の当たるところだけ、企画だけ、など関わり方の視点が定まってしまうと、その他の人のことや仕事を意識すらしなくなったりすることもあると思います。

 

僕はセッションでも、全体性を回復するという文脈でよく話すことですが、身体もある部分だけ、ある繋がりだけ使うことが多くなると、歪みや固めが生じ、やがて違和感に繋がります。なるべく身体も全部使うような構造、全部使うような動き、全部使うような意識でいるのがいい感じだと思います。ロルフィングでしているのも、そうした身体の全体的な使い方で生じてくる、楽さ、自由度を、感じていこう、取り戻そう、生かそう、というようなことです。

 

何かあることに集中することと、細部、ディテールを見ていくこと、それから統合的に、全体をみていくこと。この二つの性質を持つ身体性を引き出してくるということですね。

あとは心ざしや、夢や希望、愛情や野心をどれだけ持っているかってことでしょうかね。これは人によって全然違う感じだと思います。それだけでうまくいくのか?自然の力だけでうまくいくのかというとやはりもう少し必要なものがありますね。少なくとも、合理的だったり効率的だったりすることが出来ます。一つ紹介すると、ロルフィングではユニットという考え方、それからプロセスという考え方があります。

 

 

 

個人的に映画と音楽に1年つづ関わってきました。どちらもこの先も続けていくメディアですが、アート、パフォーマンス、コミュニティなどもう少し増やしていきたいと思います。どれも健康に繋がる自己表現というベクトルのアイテムなので、ロルファーとして、ボディワークやロルフィングを補完する展開として、運動や身体技法以外のリファレンスアイテムに育てていきたいと思っています。

 

自分を決めつけず、自分の可能性は色々な方向が合った方が楽しいです。身体があなたの次をリードしていきます。

半分の虹

セッション中の話が深いとかよく言われます。本人にはよく分かりません。

ちょっと書いて書いてみますね。

 

 

 

クライアントがある日こう尋ねてきた。

「先生、どうして体に左右差が出てきてしまうんですか?」

 

「使い方が片寄ってきた長年の、積み重ねですよ。」

 

「体って見た目は大体左右対称ですが、全くシンメトリーでもないですよ。個性があります。例えば、臓器は左右差がありますね。肝臓は右

にあります。」

 

 

「あと、心臓はほぼ真ん中にあるのですが、生きていくうちに心臓左側の筋肉が鍛えられて厚くなるんですよ。だから左の鼓動を感じるようでしたら、ちゃんと体使って生きてきたってことです。生きてきた証ですねー。」

 

「自分の体には、自分の数だけ、意味があります。」

「新しい自分に気づいたら、それも手放すか、統合していきましょう」

 

 

そんなことを話したりするのですが深いですかね?

 

 

 

 

さて今日はこの曲を弾いてます。

 

ただ風が吹いてた。

少し郊外にある温浴施設に出かけました。


 

空がよく見える露天があるお気に入りの場所、緑に囲まれ、何にもないのがいい感じの場所だ。先客がいて、暇そうにしているその人に、声をかけてみた。

 

「ここはいい温泉ですね、よく来られるのですか?」

「はい、素晴らしい温泉ですね。たまに来ます。」

 

今はリタイアして悠々自適に温泉三昧で暮らしている色々な温泉の話、現役時代は都心まで1時間半かけて通ってた話。近くにできた開発された街の話。今は自然の中にいるのが良くて、その開発された街も人が多くて混んでて行きたくないという話。話は続いた。

 

 

ただ風が吹いていた。僕はその話を聴きながら180度に広がる山の緑の全体を見ていた。セッションでよく周辺視野の大切さを話すけど、こうして全体をボーッと周辺視野で見ている時にこそ、違うものや、物事の本質が見えてくる。みたいな話。僕らの周りには穏やかな風だったけど、山の方は結構風が強いのが、木々の揺れを見て分かった。

 

ふと、風が、僕に古い歌を思い出させ、何気なく僕は鼻歌のように歌い出す。古い記憶というのは不思議で、歌詞がちゃんと出てくる。ナント最後まで全部歌えた、笑。途中からその方も加わり、歌い終わり二人で大笑いをした。



家に戻り、YouTubeで聞き直した。そして僕が知っているのは一番だけであったことに気づいた。

こんな壮大な歌だったことに今更ながら気がついた。



今日はこの曲を弾いています。

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