半分、青い。

台風が過ぎ去りました。大きな台風でした。自分の近くを通らないとなかなか実感出来ないけど、台風に巻き込まれた人は大変です。その現実と向かい合わないといけません。

 

普段人間の作った人工空間に生きていますが、自然の中を生きていることを実感出来る、そんな時です。自然は優しくもあり、厳しくもあります。

 

さて10シリーズの最中。体の中は動き始めます。

それが心地よく快適に思う方もいるし、嵐が吹き荒れて、大変な方もいます。自分の身体状況が変わっていくこと、自分が変化していくことを、いいね!と思えるか、違和感と思うかは、人それぞれの知覚がなせる技だと思います。

 

もしそれが途中で嵐だとしても、身体に重力が通り出して、ズレや歪みが少しづつ是正されていくと、不思議と身体内部が綺麗さっぱり整理されている。あの途中の違和感はなんだったのか?あの痛みはなんだったのか?ちょっと忘れてしまうくらいに嵐が過ぎ去った後は、台風一過の、青空であるのだと思いますよ。それが10シリーズの不思議なところだと思います。青空は、全開の青空である場合もあるし、半分だけ青い場合もあります。

 

 

ロルファーは魔法を使っているわけではないので、その人の身体が本来持てる以上のことにはなりません。身体のもつ、自然治癒力、自然な調整力、自然な可能性を引き出しているのです。でもその自分らしい身体というのが本来のあなたです。身体的な可能性とあなた(の心)を出会わせていくということが言ってみれば10シリーズの第2の目的です。

心と身体の統合という感じですかね。。。

 

ロルフィングを受けるとメンタル(心)にもいい影響があるのは、そうした自然な身体を取り戻したことによる、自然治癒だと思います。セッションですので、ロルフィングで半分青い空を見せることが出来ます。

 

あと半分は、ご本人の知覚や感じ方、体感が大事になってきます。身体的現実も、現実と同じく、ご本人の主体性や関係性に依存している面があるのです。自然の中、身体の中は、どこか部分的に頑張っているわけでもなく、完全なものものはなく、調和を目指して、全体が相互に関係しあって成り立っている部分もあるのです。

自分を鏡に映してみる

自分の姿、自分だけでは、なかなか分からないものです。

 

 

鏡に映した姿をみると、少し確認出来ます。自分の本来の姿を見るためにロルフィングを受ける人も最近増えてきています。

 

体には意識と無意識両方が含まれているので、身体統合してくると、自分の無意識、自分の知らない無意識のことが体を通じて意識に上ってくるのです。

 

ロルフィングは、セッションの中、対話の中で、行われていくので、

映る姿を、確認しながら、気づいていけるとも言えます。

身体で行うカウンセリングのようですね。

 

そして自分に深く理解してくると、その姿を見て、ふと腑に落ちるのです。

やはり自分の視線だけになると、何故か腑に落ちないことが出来た時に、

誰かのせいにしたり、自分の辛さを他人に当たってしまう、そんな時もあるでしょう。

自分と他人がうまく切り分け出来ずに、葛藤することもあるでしょう。

 

10のテーマで、身についたズレや歪みを手放していきます。 

重力と呼吸

無意識での体の動きの癖や習慣を修正しても、また以前の習慣の中に入ると少しづつ癖を付けてしまうこともありますか?よく言われます。「すごくいい状態なんですが、戻ってしまいませんか?」

 

ロルフィングのセッションは、脳の中でも習慣的な動きを司る小脳、そして脳幹部に作用する無意識に働きかけるワークです。身体に新しいニュートラルな癖を付けていく感じです。その為に利用するのが重力です。重力との調和を動きの中で計ったりしていくわけです。重力的な調和を計れば、重力を離れることがなければ調整力が働いていますので、身体内の補正下着をきているように筋膜が身体を形付けていきます。なるべく身体知性の知覚で、いてくれればよりその状態が続いていきます。

 

無意識に入った新しい身体は、少しづつ表層の筋肉の状態、動きまで、影響を与えていきます。長いと半年後まで、身体の変化は変わっていくと言われています。つまりロルフィングセッションは、セッション終わってすぐだけではないのです。ですのでセッション間隔も少し開けて頂いているわけです。

 

とても基本的なことですが、重力との調和する身体を得る、というのがロルフィングの基本にあります。 そしてまず最初に取り掛かるのが、呼吸の為のセッションです。この世に生まれて最初にするのが呼吸ですので、まず呼吸を楽にします。

 

さて、今日発売のミスチルの新譜のタイトルは、「重力と呼吸」だそうです。ちょっと気になります。 

WE

先ほどネットをみていたら、WE「私たち」という言葉の使用はパートナーの利己主義に苦しむことなく、関係を上手に発展させようとする者の間にみられる緊密な繋がりを証明しているというカリフォルニア州の研究者の方のニュースが出ていました。

 

これは若いカップルのみならず、年配のカップルにも当てはまると指摘。パートナーとの関係において、言い争いや困難な状況に直面した場合には、「私たち」という言葉の使用が特に重要になるのだそうです。

 

僕は、WEという言葉を無意識でよく使ってしまうのですが、一般的には、主語のない言語である日本語だと、やっぱり使いにくい言葉かもしれません。

 

では日本語ではどうしたらいいのか。民俗学者の折口信夫は、類化性能ということを言っています。英語でいうとアナロジーなのですが、似ているもの同士をくっつけてしまう、比喩の文脈を活用して、一つのものごとを別のものと重ね合わせていく、この能力を発揮すると、音やイメージや形や意味の間にある、どこか似ているというという感覚を元にして、普通ならどこか離れたところにある分離されてあるもの同士が一つに結び合わされて新しいイメージを作り出していくようになる。そんなことが日本語にはたくさんあるのです。僕が過去に作り出してきた広告には、この類化性能を駆使したものが多いです。

 

この能力で、世界の森羅万象を再構築していくと、様々な新しい繋がりが生まれ、ある時自分を取り巻く環境、世界が一変しているようなことさえあるのです。身体にもそういう機能がありますね。それはロルフィングを受けてみるとわかります。突然知覚している世界が変わるのです。不思議ですね。

 

 

誰かと関係性に悩んでいる方は、WE、そして類化性能的能力、ぜひ日常生活で使ってみてください。

動くしかない

ロルファートレーニングは多岐に渡りますが、ある時にこんなレッスンがありました。

 

「今から自由に動いてみて下さい。」

 

最初戸惑っていた参加者ですが、徐々に動き始めます。そこには色々な風景が広がりました。

 

座禅を組む人、ヨガのようなポーズをする人、前衛的な動きをする人、ゴロゴロと転がる人、仰向けで大の字で寝ている人、首を回す人、しゃがんだままの人、目を閉じて直立したままの人、実に様々な人間の動きがそこにはありました。

 

 

 

考えてみると自由に動くとは、意外に難しいものです。我々は、無意識に何かの動きに規定されながら動いてしまう、誰かの動きを見ながら動いてしまう。今の自分の動きは一体誰の動きの模様なのか。わかったものではありません。

 

そうした規定された動きから一度、身体そのものの自由に戻ると一体どんな動きをするのか。ちょっと楽しみではありませんか?それは考えてするものでもないし、自分でさえわからないものです。

 

考えるのをやめた時に、身体は一体どんな動きをするでしょう。他人にどう思われるとか、うまくできるとかを排除した身体の動き、正解のない無我の自分を、あなたは見てみたいと思いませんか?

 

予定調和な現実に囲われれている、今の自分は自分らしくない、そう感じているあなたへの、自由な身体へのお誘いです。

 

情報整理

こんにちは。情報の整理大事であると、散々、ブログでも言って来たので、自分も整理していきたいと思います。

 

2年ほど、好き勝手に書いて来たこのブログですが、来月から外部メディアにコラムを書くことになったので、少し書くことを整理していきたいと思っています。コラムでは健康や身体、自己活性化、ライフシフトのような話。このブログでは言葉や自己表現、日常、あと本、音楽や映画やアートの紹介というのを基本に考えています。

 

またお知らせ、ついでですが、実験的な映画を企画していまして、出演して頂けるとモデル募集を来月くらいに。それから来年になると思いますが、制作の枠組みで動きそうなプロジェクトのファシリテーターなど募集など予定しています。

 

元々、広告企画の人間で、自分自身がメディアになるよりも、外のメディアを盛り立てていくのが向いている気がするので、外の方とのコラボやユニットでの展開を主に考えて動いていますが、一体どうなりますことやら。

 

僕自身も、今までのように、流れや勢いで、動きつつけるよりも、少し落ちついていい関係を作っていけるような関わりを、仕事でも、プライベートでも、考えております。

 

渋谷での展開だけでなく、地方での場作りや機会にも、僕ができそうなことなら、今年来年は積極的に協力させて頂きたいと思っています。

健康や、ロルフィング、ライフシフト、ライフスタイル、リクリエーションなど、お気軽に連絡ください。

 

今のところ、少し余力あります(^ ^)

ナラティブ

ナラティブという言葉を最近よく使います。意味的にいうと物語的という意味ですが物語を説くように進めていくみたいな感じで使います。僕は制作者であり、今は映画と作っているせいもありますが、セッションにおいてもナラティブアプローチを使う場合はあります。

 

痛みや違和感など、ヒアリングし、悩みをざっくばらんに話しているうちに、だんだん進むべき道が見えてくる。あまりこの方向だと、正解を突き進むのではなくて、対話的な手法で、次を本人に紡いでいってもらう感じです。もちろんタイプもあるので、セッションでの紡ぎ手のキャッチボールはあるのですが、アウェアネスに伴う発見、あるいは言語化の過程でこのカウンセリング的な手法を使っています。本質的な意味での痛みや違和感の統合は、決して誰かが上から決めるものではなくて、対話的な手法により導き出されることも多いです。

 

 

物語に参加しているうちに、というのが偶然の一致を生み、シンクロニシティが次が生まれてくるという、ちょっとサスペンスドラマ風な自分を主人公にした物語が進んでいく、そんな風にシリーズを進めることも多々ありますね。物語の題材は色々あります。クライアントの適性をみて楽しくロルフィングするのが僕のモットーです。

 

何か的確なことをアドバイスをされたり、問題点を指摘されたりするよりも、自分の言葉で考えを紡いでいった先に見つけた答えのほうが納得感を感じられるものなので、この手法を使ったセッションでは満足感も高くなってますね。自分を主人公にしたドラマに参加している、そんな感想をくれたクライアントも多いですね。もしかしたらこれって、元制作者上がりのロルファーオリジナルかもしれません。人生をダイナミックに生きてみたいかた!心と体を連れて、自分の人生の主人公になってみましょう!違和感がある方は、自分で気がつかないうちに、誰かの為の人生の生きている場合があります。自分に戻りたい方、メンタルテーマでロルフィングを進める際に有効だと思います。ご希望の方は、ナラティブアプローチ希望とおしらせ下さい。

 

参照→感想

パッシブスキル

パッシブスキルという言葉を聞いたことありますか?

 

パッシブスキルとは、ゲーム用語で、RPGなどキャラが独自に持っているスキルのことをいいます。パッシブスキルは、とくに何かをする必要はなく、バトルに参加しただけ、またある特定条件付きで、スキルが発動します。

 

自分で何かを起動するわけでなく、ある特定条件で起動するスキル。つまり無意識化されたキャラ特有のスキルなんですね。

 

これは、実はゲームのキャラだけでなく人間にもあるのです。ただし特定条件や、バトルフィールドにいかないので発動してない、いわば潜在している能力です。

 

身体統合が進むということは、この特定条件を整えることでもあります。そうすると、それまで潜在していたパッシブスキルが起動してきます。意識しないで出てくるのです。意識して出来てもそれはそれで努力なのですが、無意識に出てくるとなると、なんて、楽で、自由な身体だ。ということになります。

 

ゲームに登場するキャラクターデザイン、背景、世界観、道具、関係性、物語。バーチャルな世界に反映しているのか、既に我々自体がゲーム的な世界に生きているのか、わからなくなりそうですが、現実に生きる身体には、パッシブスキルが必ずあります。そして固有のスキルもあります。

 

なお、パッシブというのは、アクティブの反対です。受け身、消極的、受動態のという意味です。アクティブ優位な時代ではありますが、身体には、アクティブ性、パッシブ性、両方あります。パッシブスキルの表出は、あなたの身体や意識のまだ見ぬスキルを導き出してくれるものです。自分を全部受け取りましょう。

 

 

今日の話は少し無理やりっぽい印象もありますが、人間が生み出すものは、どれも、人間の身体や意識を参照に導き出しているのだなと思いました。思い返せばゲーム業界には制作者時代、本当にお世話になりました。当時なんどもインタビューを取らせていただいたクリエイターの皆さんのその後の活躍をニュースで見ながら、ロルフィングに励むロルファーでした。

 

どうしてもあなたに会いたい。

死ぬ時に後悔することというリストがネットにありました。その中に、人生のどこかで、出会い、別れてしまったあの人と、逢いたかった。というのがありました。

 

 なんかテレビでそんな番組がありましたが、あなたには、そんな人がいらっしゃいますか?再会するチャンスはまだありますか?

 

忙しい時代に、知り合った人で、会わなくなってしまった人が何人かいます。少し時間ができてくると、今になって感謝を伝えたい人、ちょっと謝りたい人、何人かいます。

 

そんな機会もなかなか作れずに、たまに思い出した時に心の中で伝えています。人生に起こったことは全て自分のことですが、なかなかうまく出来なかった、そんな時期もあります。いろんなことが一生懸命だったのだけど、やることが多いと、一つ一つ、ちゃんと扱えてなかったことにあとで気がつくことも多いです。

 

時が過ぎ、時代も変わっていく中で、奇跡の再会のような場面に出くわすこともあります。それも偶然に。共時性?無意識の力?そういう惹きつける力というのありますね。思い返してみると、僕はそういうのが多い方ですかね。また最近は、facebookなどで再会も多いでしょうね。まだまだ間に合います。もし再会したい人がいたら連絡してみましょう。

 

さて、体を統合していくと、昔の自分に出会うことがあります。自分の身体の中に、昔の自分が保存されているのですね。 身体が流動性を増していくと、そんな昔の自分に出会うこともあります。人によっては、10シリーズの中でそれを意図してセッションすることもあります。 それがその人にとってのセラピーになるからです。(→参照

 

 

Go away little boy

Go away little girl

Go away little girl

I'm not supposed to be alone with you

Oh yes I know that your lips are sweet

But our lips must never meet

I belong to somebody else and I must be true.

Please go away little girl

Go away little girl

It's hurting me more each minute that you delay

When you are near me like this

You're much too hard to resist

So go away little girl before I beg you to stay.

 

ソングライター: Carole King / Gerry Goffin

 

ジャスの世界は大人な世界ですね。

言葉と共に頭に入りますので、他の言語を学ぶことは、とても色々学びや気づきが多いです。近年特に、仕事やネットカルチャーを通じて、環境に、ダイレクトに英語発想が入ってくるので、カタカナ英語的に生きていると、環境や関係性のギャップに違和感やが出てくることも多いかもしれませんね。英語の世界は大人な感じですね。日本語だとどうも阿吽や忖度含めたコミュニケーションなので、言語だけだとなかなかうまくいきません。

 

時に何か外国語を学ぶのはいかがですか?新しい発想が色々と頭に入ってきます。

 

 

友人のアキちゃんの新譜が出ます。

 

中野渡章子 2018年10月14日発売new Album

「All That Jazz」より Go away little boy

YOUR NAME.

『君の名は』。大ヒットした映画。見に行かれた方も多いでしょう。

 

一昨日の夜、那須のバンガローで、遅くまで語り合ってた中にもこの映画の話が出ていました。僕は少し眠くなってた時で、話半分に聞いていましたが、

 

「男女が入れ替わるというのはどうなんだろう。」

「でもあの入れ替わりがなかったら、物語としてつまらなくない?」など映画談義が続いていました。

 

大昔の日本では、名前は大切なもので、人には明かさないものでした。見知らむ人に名前を明かすというのは、出会う時、それから一戦交える時、だったよう思います。真剣に向かい合う時ですね。

 

名前を明かすとは、一緒になることでした。昨年出雲で行った島根県立古代出雲歴史博物館で見た古代の再現ドラマでも、恋に落ちた若い2人がいくつかのドラマを経て出会った時、初めてお互いに名前を明かしました。

 

「僕の名前は**、君の名は?」

「私の名前は**」

そして二人は恋に落ちました。

二人は自分の中で無意識にお互いにとって素晴らしいものも交換します。  

 

 

最近しばらく縄文にはまっておりました。

それもあの深夜のunit(代官山のクラブ)でのイベントで、Tシャツ姿の映画監督の山岡信貴さん出会ってから。

僕らは名前を言って、自己紹介をした。

 

 

監督はちょうどその時、製作中の映画の編集の最終段階でしたね、「縄文にハマる人々」、ヒット上映中です。

そういえば、この前、國學院の石井さんがキュレーションした縄文のイベント、

「いのちの交歓-残酷なロマンティスム-」で会いましたよね?って。

偶然という名の共時性。

 

この日は、縄文のクラブイベントで、Movements Oneness Meeting "縄文と弥生"で、ちょうど

カシャカシャと写真を撮っていたのは、「縄と矢じり」を主宰する廣川 慶明、草刈 朋子の両氏。

ちょっとビデオ撮影のお手伝いをし、縁が生まれ、

僕はこの日のメインイベントのアイヌの新年の儀式に参加し、酒を酌み交わした。

新しい出会い。

深夜のクラブで踊る病み上がりでマスク姿の僕が、イベントレポートに載ってました。

 

 

縄文の文脈だと、魂の交歓と呼んで、イノチを繋げていったそうです。

交換するというのは、その名残り、入れ替わるというのは、ある(あった)のです。

そして僕は映画を作り始め、展示会は縄文から吉田神道に変わり、

時は次の場面に移り変わりました。

何事もなかったのかのように、縄文の嵐は去っていきました。

 

 
さて

男女が出会うのは、 日本神話では、まず男から名乗るのがよいとされています。 

最近は、女性からきっかけ作らないと出会いも少なそうですが、形上、名乗るのは男性からで。

  

我々の身体の中には、「出会う」という能力が残っているのです。

意識だけだと、互いに牽制しあって出会いません。

意識だけでなく心と身体を伴って出会いましょう。

 

 

なぜめぐり逢うのか?いつめぐり逢うのか?

私たちは なにも知らないって「糸」の歌詞の中では言ってましたが、僕が答えましょう。

 

なぜ出会うのか?

それは無意識を共有しているからです。

最近、その能力はあまり使われてない気がしますが、

縄文の血を残す我々日本人は交歓する能力が身体的には高いのだと思います。

 

共時性が縁を惹きつけていくのです。

おもてなしの国である所以は、この辺りにありそうです。

 

 

学びよりも気づきの時代と言われ久しいですが

無意識になっている事に気づくこと。

それは、その人の現実感を動かしていきます。

 

身体を開いて、身体の無意識に出会っていくこと、気づいていくことは、

それは無意識に気が付いていくこと、そして少しづつ出会う力も上がっていくことになります。 

僕のクライアントにもたくさん出会いエビデンスがあります。

 

 

出会うのは、何も人間、男女に限ったことでもありません。

その人が今、必要な気持ち、必要なこと、必要な情報、たくさんの気づきが起こるセッションです。

潜在していた自分の能力に出会うこともあります。

 

 

今、あなたは、何に出会いたいですか?

無意識の中にいる共時性のあなたはどこへ向かっているでしょう。

天岩戸の扉を開きましょう。

 

 

コラボイベント開催

3年目に入りました恒例のフローティングタンクとのコラボイベントのお知らせです。

 

フローティングタンクとは、1954年にアメリカの脳科学者ジョン・C・リリー博士により考案された「感覚遮断装置」です。

 

セルフロッテを主宰する霧城研一氏は、自身がボロボロの身体が復活した体験から、一人でも多くの方にこの装置を体験して貰いたいという熱い想いからサロン経営に乗り出した健康の伝道師。単なるビジネスとしての提供ではなく、元々の研究体質から、「健康とは何か」に始まり、フローティングの効果・精度を高めるデータを収集し、学者・研究員・医師の方などのネットワークから、快適かつ独自のフローティング環境を作り上げてきました。現状のセルフロッテでのフローティングは、日本で最先端のフローティングサロンと言えるでしょう。

 

ロルフィングによって、身体感覚、身体のニュートラルを取り戻し、自らの活性化し、ロルファーにまでなってしまった私と、フローティングタンクにより、健康を取り戻した、自らを新しいサロン経営に踏み出した霧城見一氏との、健康に対する意気投合によりこのコラボは生まれました。

 

加えて二人の健康ダイアローグ(対話)も好評のようで、今回のイベントは、既に満員御礼という連絡がきました。(次回は4月に開催予定)

なお、それまで待てない!、受けてみたいという方は、ご連絡ください。

個別対応メニューもあります。(→詳細 

 

 

フローティングタンク&ロルフィング 2018・秋

 

*開催日

2018年11月24日(土) 満員御礼

(次回は4月に開催予定)

 

*ご利用料金

コラボ特別お試しセット価格

タンク60分+ロルフィング40~50分 

17,000円(税込)

 

 

 


美st 2015/5筋膜特集にて店舗紹介されました。

wwdビューティ219にて人物紹介されました。

MAQUIA 2013,10、筋膜特集にて店舗紹介されました。

FRaU 2012/7にて店舗紹介されました。


TE2BodyWorks公式サイト