風景にゆだねる

  

風景をみる。

 

意図もなく、自分を取り巻く辺り全部を眺めていく。

 

風を感じ、光を感じ、同じ風景を一緒に眺めている。

 

 

その時に、脳の中で何かが始まる。

意識が構築してた世界から、するすると抜け出てくる。

 

身体が風景と繋がりはじめ、

その時、僕らは、物語の登場人物になる。

 

ナチュラルとニュートラル

ナチュラルとニュートラル。

似ているけどちょっと違う言葉ですね。

 

身体は元々ナチュラルなものだと思います。しかし大人になるにつれ、あるいはある特定の方向にだけ体を使っていると、そちらに癖がついて、ナチュラルから外れていってしまいます。

 

ズレが生じる時、最初は気がつきますが、そのうち、それが普通になり気がつかなくなります。そして段々と、体に癖として染み付いていきます。それはそのうちに、固めを作り、違和感を感じ始めることになります。

そして痛みが生じ、部分的に対処することを繰り返すことになる訳です。

 

対処を一度やめて、体本来のニュートラルを感じて、もう一度あなたのナチュラルの身体性に戻ってみませんか?というのが、ロルフィングの提案です。

 

体にとってのニュートラルと、あなたのナチュラルは少し違います。だから100%完璧に違和感がなくなることは難しいのですが、体のニュートラル、そして自分のナチュラルを感じることが出来る、シフトすることが出来る、そんな機会が10シリーズです。

 

人生100年時代と言われ始めています。人生の折り返し地点で、一度自分の体のニュートラルを感じて、ナチュラルに戻ることは、人生の後半の身体生活に大きな変化をもたらします。自分の為に、自分の体への自己投資、気が付いた人から始めています。

 

ナチュラルな方が、動くのが楽で、自由です。

痛いか、痛くないかという身体でなくて、

本来の身体と動きを取り戻す、という新しい提案です。

 

プロ選手と共に

セッションをするようになってはや、6年目。ロルフィングのセッションには、プロの方も多数訪れます。

 

僕の所の来た例でいうと、スポーツだとバレーボール選手、バスケットボールの選手、プロゴルファー、サッカーなど。また剣道や格闘技、またバレエやダンサー、身体表現、パフォーマンス、俳優の方とか、声楽家、歌手、アーティスト、クリエイターの方とか多いです。そういう何かしら表現系の方が多いような気がします。

 

どこか痛めて、故障して来られる場合もありますし、新しい表現の引き出しを求めて来られる場合もあります。技術や技能の下地になる身体の可能性を開くということは、その上に乗っかってくる技術や技能が、キラキラと蘇ってくるのでしょうね。その辺りは引き出しをたくさん持っている方の方が、色々と感覚知覚的な得るものがたくさんあるような気もします。

 

統合の持つパワフルさが、その人の強みを生かしていくという部分が難しいのですが、そのあたりはセッションというやり方で話し合いながら使えるコンテクストを発見、引き出していくという姿勢で取り組んでおります。

 

競技やフィールドという場、それと有機体とのダイナミクスな調和が、頭の中のイメージや身体の中で溢れてくる固有の感覚と如何に繋げていくか、考えると難しいことですが、これが身体だとスッと分かってくる場面があるのです。身体知性の素晴らしい所です。

スーパームーン

スーパームーンの月食、ご覧になりましたか?この写真は友人が撮ったものですが、とても綺麗に撮れてます。赤い月、幻想的ですね。

 

それにしてもスーパームーンっていつから一般用語になったのでしょう?調べてみると言葉自体は1979年から占星術の言葉としてあったようですが、日本で普通に使われるようになったのは2011年からだそうです。けっこう最近のことですね。

 

さて月は、地球に影響を与えています。海の満ち引きも地球と月のハーモニーで起こる現象だし、月を感じて、生物たちは、動き始めたりするようです。出産も増えるようですし、狼男も満月の夜に活動するようですし、魔女たちは黒ミサを開くと言われています。人間は、月に動かされながら動きを開始してそうですね。

 

ロルフィングでも重力と調和した身体に再構築するということを行なっていますが、僕はグラウンディングに関係した地球の重力のことだと勝手に思っていましたが、潮の満ち引きが月と地球のハーモニーで行われていることを考えると、我々人間の身体も、月と地球のハーモニーで行われているものがありそうですね。

 

一つ思うのは、筋骨格系を中心とした筋膜によるテンセグリティ構造の身体ではなくて、潮の満ち引きのような身体の中にある水分に月が作用しているようにも思えます。水の身体ですね。

 

月に導かれて、血流が良くなったり、頭に血が上ったり、循環に作用されている気はします。その辺りが、感情や欲に作用するという、月のイメージに繋がっているのかなとも思われますが、その辺りは定かでないので憶測の域を出ません。脳髄液、血液、リンパ液、身体の中には水分でいっぱいです。臓器同士のコミュニケーションや細胞の交換システムも体液や浸透圧を通じて行われています。一部クラニオで実現していますが、身体の60%を占める水分に働きかけて、水の共振を作っていくことはできそうな気がします。

 

例えば、神経を鎮めたり、高めたり、血圧を上げたり、下げたり、脳髄液のリズムや、臓器からの出るコミュニケーションに作用したり、まるで月のような感じで、人間の身体に作用していくことが出来ているような気がします。

エビデンスはないですが、もしかしたら月と同じようなことをやっているのかもしれないと、 今、文章を書きながら思いました。適切な言葉がないので…ツキヨミとしておきましょう、WAO!

 

なお、皆既月食とスーパームーンのコラボが次に見られるのは、2033年だそうです。

さて最後に日本の月観測衛星かぐやによる月面からの地球の出をシェアします。

バランス回復

 

考えるより、感じる。

 

判断するより、表現する。

 

動き続けるより、立ち止まる。

 

話続けるよりも、沈黙する。

 

起きているより、寝てしまう。

 

富士見

 

富士見は富士山が見える場所という意味で、中部から関東に多い地名で、70箇所ほどあります。更に富士見坂が6箇所。(渋谷の宮益坂も、もともとは富士見坂と言いました。富士山が見えたのでしょう)富士見橋10箇所。その他学校名など入れると、全部で100箇所ほどに富士見という名前が付きます。富士山は色々なところから見れる(見れた)のですね。

 

高層ビルも増えましたので、今は富士山が見えない富士見があるでしょうけど、高層ビルからも見えますので、新しい富士見のポイントは、増えているでしょう。名前はついてませんが、また新しいアングルは新しい風景を作っていることでしょう。

 

古来、日本人の生活や文化、心や風景に繰り返し描かれてきた富士山は、日本を象徴する風景として、原風景となっています。

 

今日は、小田急線に乗っていましたが、空気の状態が良く、狛江〜和泉多摩川あたりからは、富士山がくっきりと見えていました。ここも新富士見ポイントでしょうね。

 

富士山が見えるとなんとなく清々しい気分になります。風景を見ることは、脳の健康の為にも大切なことであるそうです。特に自然の風景は、辺縁系が活性化します。(感情や本能、記憶を司る部位)富士山は見るだけで、何かしらのリラクゼーション効果があるのでしょうね。なんか有り難い感じがします。

 

パリントニシティ

 

 ロルフィングの原理原則の一つにパリントニシティという概念があります。多分、ロルフィングでの造語です。

 

二方向性という風に訳され、身体にかかる力の向きは二方向性を持って動的に拮抗にてバランスが取られているというような意味で使います。

 

パリントニシティ的な感性を身につけると体の使い方が一段階バージョンアップしていくようになります。空間の使い方、踊りの幅が広がり、空間の使い方が向上していくでしょう。たた立っている時も、歩いている時も、もちろん関係してきます。

 

 

さて、全くの新しい概念かというと、そうではなくて、たとえばギリシャ時代の哲学者にヘラクレイトスという人がいます。彼は色々な概念を残していますが、たとえば世界の秩序と調和とは、対立するものがせめぎ合い、正反対の方向へと働く2つの力が拮抗する逆向きに働き合う調和である。という言葉を残しています。

 

逆向きに働き合う調和。人間は、どうして一なるものが、自己自身と反目しつつ、同時に、自己自身と一致するかということを理解しないのか。それは、弓や竪琴にみられるような逆向きに働き合う調和なのである。

 

またドイツの哲学者ニーチェは『ツァラトゥストラはかく語りき』における、「深淵の上にかかる一本の綱」の箴言になぞらえて、こんな風に語ります。

 

調和とは、竪琴の上に張り渡された一本の弦なのだ。

それを強く引き絞るのも危険であり、力を緩めて弛ませるのも危険であり、

戦慄して、音を奏でる手をとめるのも危険である。そして、そのような闘争と緊張状態の極限において、世界全体においても、一人一人の人間の人生においても、動的な調和が存立している、と。

 

身体において、正反対の方向へと働く2つの力が拮抗する逆向きに働き合う調和。またこの動的な調和みたいな性質。これらをパリントニシティとしたのだと思います。

 

人間に起こることは、人間の体にも、人間の発想にも、人間の行動にも、人間が作り出したものにも、人間関係にも、全て同じように反映を繰り返していくものだと思います。

 

この奥さんはロボットかもしれません

『この奥さんはロボットかもしれません。やさしくなければ未来ではない。』

 

 これは村田製作所のCMなんですが、このコマーシャル結構好きです。人と人が疎遠になり、結婚する人が減り、人間の寿命も伸びた。人間が好きなことしかしなくなり、誰かを全部引き受けることをしなくなり、高齢化で単身世帯が増えていくという、全部がロボットを普及する方へ動いている気がします。

スマホを全ての人が持つように、マイAGIを全ての人が持つかも知れません。

 

 そんな未来は、AIの時代と言われますが、汎用型のAI( AGI(Artificial General Intelligence)の時代がいつ来るかと言えば、シンギュラリティは2045年と言われたり、最近早まって2029年頃と言われています。意外にすぐですね。

 

 現在話題の自動運転車に加え、AGIの誕生で、人間の在り方が大きく変わるでしょうね。そして我々の身体感も大きく変わってくると思いますね。ブレードランナーやゴーストインザシェルで描かれた世界が、現実になりそうなのは、ちょっと怖い未来ですが、人工知能がヒトという種を超える。確実にそっちに近づいているように思えます。

 

存在、身体性、意識、心、そして全体性、統合。

身体をめぐる冒険は、これから本格化していきそうです。

 

 

フレードランナー2049とゴーストインザシェルの予告編リンクしておきます。

裏から

 

滝の近くに行くと、流れ落ちる水しぶきが体に当たって、ひんやりとしたすがすがしい感じがします。小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、木々を吹き抜けるそよ風のハーモニー、滝つぼに落ちる水の衝撃波など、大自然のもたらす総合的なエネルギーは人間の疲れた体と心を癒してくれます。

自然の中に行くと、我々は、生き物なんだと実感します。この写真の場所は、熊本県の鍋ヶ滝。裏見の滝、裏からみても美しいなんてなんて素敵なことでしょう。

 

裏から見た経験も何度かありましたが、裏からみた記憶として思い出したのはナイアガラの滝、鍋ヶ滝とは違ってものすごい迫力でした(濡れる!)。

それが先日のアメリカ大寒波で、凍ったと聞いてびっくりしました。(それくらい水量の多い滝です。)

 

 さて、裏から見るといえば、ロルフィングのボディリーディングでは、前から、横からに加え、裏から診ることもしていきます。身体の全体性を対象にしているので、しっかり裏からも見ていきます。ご本人が見えないものを見ていきます。後ろ姿が変わる様子を写真でも確認できますので、見える姿ま変わりますね。

 

 

身体に関して言えば、問題となったり、痛めたりするのって、意外に背側が多いのです。僕らは前からみた紙に書いた2次元のぺらぺらの体ではなく、厚みを持った3次元の立方体のような身体ですからね。ロルフィングだと、セッション3を超える頃には、身体の厚みの感じ方が戻ってきます。構造が変革し、知覚が復活していくのですね。

裏からみても素敵である。そんな体に再構築していきます。

 

今年1月のナイアガラの氷結

火焔型土器

最近すっかり縄文づいていますが、約一万三千年続いた文明の社会、行動、心理、身体性、関係性、興味があります。我々が無くしてしまった身体性、非言語的なコミュニケーション、移動、空間、時間感覚、五感を超える知覚の広がりなど、現代人が失ってしまった豊かな身体性に意識がいきます。

写真は、火焔型土器です。現代のような機能美はありませんが、この全体性の中に、何か存在の在り方の基本形がありそうです。

火焔型土器は 1936 年に長岡市馬高遺跡で発掘された「火焔土器」に由来する名称で、十日町市笹山遺跡出土の火焔型土器は、縄文土器唯一の国宝となっています。火焔型土器を2020年東京オリンピック・パラリンピックの聖火台に!というプロジェクトがあるそうです。縄文的なコンテクストを世界に発信するにはいい機会だと思うので是非実現してほしいものです。

 

身体も表面的にはシンメトリーに出来ているように思われますが、全くのシンメトリーではなく、 この土器のようなバランスや全体性を感じます。それは内部に行けばいくほど、身体の全体像は整っているものというよりは、流動的な性質を感じます。この流動的なる身体を感じれば感じるほど、この土器の存在がとてもリアルに感じてしまうのは、イメージが少し深みに行き過ぎているのかもしれません。


しかし目で見えるものだけで全て考えるというのは、体を心なきものという前提で物質として見るということで、医者ではない我々ロルファーは、体を存在として、人体に相対している、そんな風に思うのです。

(ちょっと話がズレてきてしまいましたので元に戻します。)

 

 

さて、この火焔土器は、考古学者たちが炎の文様らしいとみて命名されているらしいのですが、アーティストの岡本太郎は、この土器に根源的な美をみた際に、彼が想起したものは「火炎」ではなく『深海のイメージだ』と言ってたのだそうです。

 

炎ではなく深海、海の底深く。真逆の水のイメージであるというのは、面白い話ではあるし、どういう意味で、岡本太郎がそう語ったのか、本当のところは分からないようでありますが、ボディワーカーに言わせてもらうと、深いところには、水が流れていて、この土器のように、少しカオスな文様から出来ているというのは、腑に落ちる話ではあります。

 

肉体に始まる物質的な体は、その組織を繋ぐ張力の身体が支えているわけですが、我々人間の体は、もう一つ圧力の体があって、深いところには水の流れが作り出す流れの調和が、身体の流動性やバランスや調整力、免疫力にも関係しています。


NHK特集の人体シリーズでも、やっていた通り、臓器同士や脳のコミュニケーションでは、神経系だけでなく、この流動体の水のネットワークが司っており、繋いでいます。リンパや血液などですね。

 

そんなことも含め、この火焔型土器を眺めていると、本当に飽きないし、見るたびに新しい発見があったりするのです。

ボディワーク

ボディワークという言葉は、身体を整える、調整するという意味でも使いますが、車の修理という意味もあるそうです。

 

確かに車を車検に入れたり、整備に出しますね。身体も車検や修理に出すという発想でもいいかもしれませんね。

 

健康診断を受けていると思われるかもしれませんが、健康診断でするのは、検査ですね。検査して悪いところがあれば、生活指導や再検査となる感じでしょうか。

 

そうした意味でいうと、ロルrフィングの10シリーズというのは、体を車検に出すようなものですね。とりあえず全身を緩めてみるところから始めます。体を構造的にみて、機能的に見て、動きを見て、改善の可能性を探していきます。

僕がオススメするのは、人生の折り返しあたりの年齢になったら、人生後半に向けて、一度10シリーズを受けてみるのをお薦めします。自分を車検に入れるつもりでお越しください。

 

さて、体の状態を整えていく、統合的な施術が面白いのは、そのコントロール部分である脳にも、色々な刺激が入り、コントロール感覚も変わってくることです。例えばアクセルにゆとりが出たり、バランスが良くなったり、人それぞれにそれぞれの変化が起こりますが、それは身体が健康になっていく方向の変化です。

 

うまく使えてない部分を使えるようにして、身体全体で動いていける体つくりをしていきます。

文楽

縁があり、近松門左衛門が書き下ろした世話物、「女殺油地獄」(すごい名前だな)を観に行きました。

1721年初演。大坂天満(てんま)の油商河内屋(かわちや)与兵衛が,番頭上がりの継父の遠慮につけ込んで不良化し,借金に迫られて隣家の女房お吉に金の無心をし,ついに殺して金を奪う話です。

 

先日観た歌舞伎もそうですが、江戸時代の世話物、人情物、心中物などは、今時の価値観と少しズれ、なかなか共感しずらい面もありますが、近代化していない社会での、情念や関係性、信念体系がドラマチックに展開されていく様子は手に汗握ります。

 

歌舞伎と違って無機質な人形が舞いに、特徴を強調した動きと、大夫の語りと三味線で、物語を盛り上げていくところが魅力で、その分割された各要素が、五感から体に入ってきて、自分の中で、再構築される迫力が飛び込んでくるところが魅力的です。

 

人形一体に3人がかり、歌い手、弾きて含めると一体何人が関わっているのか!なんとも身体性の高い芸能なんだなと思いました。(全く関係ないけど、特徴的な舞いと掛け合いという組み合わせは、フラメンコにおけるダンサーにカンテとギターという関係にちょっと似てる気がしました。)

 

 

とうめいのカラダ

ロルフィング10シリーズを終えたクライアントさんから、

 「透明の体になった気がします!」と言われました。

 

10シリーズを受け、ズレや違和感が無くなった体は、しっかりと安定して、まずそれまで使ってこなかった部分のからだの部分が存在感が大きくなって、そして全身の感じがしてきます。まとまってきて、コンパクトになった感じがして、そして存在感のない自由なからだになっていく、そんなような気もします。

 

さて、ネットを見ていたら、「とうめいのカラダ」という歌を見つけました。呼吸改善に始まり、徐々に体が自由になっていく。

という僕のセッションイメージにぴったりの素敵な曲です。

今年の僕のセッションテーマソングにしてしまおう!(ご本人に快諾頂きました。)

 

 

 ♪ 

 

わたしのからだが透けてみえるくらいだとちょうどいいな

水や風とおり抜け、決して混ざらず、でも心地いいの

何かを失い途方にくれるけど

たとえばそれが通り雨のようなものだとして

 

ゆっくりと、目を閉じて、息を吐き出して

いっぱいの空気を吸って、また目を開けて見る

 

好き嫌いはある 人も食べ物も相性がある

それでもいいのだと、気づくまで少し時間がかかる

誰かに合わせて、自分が見えなくなる

もう平和な世界ばかりを夢みるのはやめた

 

ゆっくりと目を閉じて息を吐き出して

いっぱいの空気を吸って、また目を開けて見る

 

ゆっくりと、目を閉じて、息を吐き出して

いっぱいの空気を吸って、また目を開けて見る

 

 

 

追伸

naomi on さん、歌詞に力があって、物語が綴られます。

音域の広いミステリアスボイスが魅了的です。

少し先ですが10月に代官山「晴れたら空に豆まいて」にてライブがあるそうです。

 

 

Fred Astaire & Gene Kelly

ロルファートレーニング時代に見た映像を見つけたのでご紹介します。なぜかすぐにリンク切れになってしまう(多分著作権とかの関係か)のですが、今はYoutubeにありました。

 

どちらも素晴らしいダンサーですが、地面と調和するタイプと空間と調和するタイプ、二種類のダンサーの掛け合いです。往年の名ダンサーの共演、どうぞご覧あれ。

 

 

地球永住計画

シンギュラリティ、IoT,AGI、自動運転と、未来の地球を技術へと運んでいる流れは、火星移住計画へと繋がっていくのでしょう。

一方は、iPS細胞をはじめとする再生技術により、人生百年時代からしまいには、死なない体を我々人間は持つことになるのでしょう(そういう夢を持った人がいるので、そちらへ向けて突き進むのでしょう。)

 

地球を使いたいだけ使い切って、人類は火星へと移住していく。そんなSFチックな話もアメリカでは大真面目で検討されています。それくらいに地球と退治してきてしまった人類の知性です。どこまでついていけるのでしょうか。そして一体何人の人間を乗せてその銀河鉄道は、飛び立とうとしているのでしょうか? 家族で乗れるのでしょうか?

目標で100万人?地球にはその頃100億人いるのですが。。。(一万人に一人ですかあ)

 

サザエさん家ではないけれど、

ノスタルジックに家族団欒って、なんかいい感じがして懐かしくなった。

 

地球永住計画、素敵な講座をたくさんやっています。しばらく集中して出ていました。まだまだ続きます。興味がある方は是非!
https://sites.google.com/site/chikyueiju/

It is my first kiss chu Kiss with you

日本のアニソンも、リメイクされて、こうして聞くと、また別の新しい感じがして、なかなか良いですね。

 

コンテンツは、コンテクスト化されて、新しいコンテンツに生まれ変わります。

 

あなたの体は、まだまだ終わってません。まだまだ使ってないところがたくさんあります。自分と違う視点からみると不思議なことがたくさん発見されます。あなた自身のリメイク、リボーン、そしてリスタートの為に。

 

軸のある身体、軸のある生活

 

 

 

家に柱があるように、組織にもリーダーがいるように、体にも軸があると、全体に波及して安定感が増します。軸のある体が、どれだけ楽で、自由か、それは感じた人しかわかりません。

 

それは単純に、背骨、という訳ではありません。

体に軸があるなんて思ってももみなかった方、軸は背骨だと思っていた方、軸から動く優雅さやしなやかさを自分のものにして、新しい身体性を手にしれましょう。

 

体にある軸が機能していなくて、体の他の部分が痛んでいくことが肩こりや腰痛の大きな原因の一つです。軸ある身体、暮らしの過ごしやすさを実現してください。

 

悪くなってからする処置・対処とは違うロルフィング。痛みだけ意識していたあなたの体に革命がおきても不思議ではありません。

それは特別のことではなくて、自然体になることだったのです。

 

鹿寄せ

奈良公園で、ホルンで鹿寄せするイベントがあるのだそうです。鹿を寄せるという話で人間が寄ってく。タイミングがなかなか合わないですが、いつか寄ってみたいです。

すべての生きものに共通する部分を見つめたい

脳ベースでいうと、ロルフィングでは、両生類や爬虫類時代、初期哺乳類時代に獲得してきた身体、つまり人間としてのベースの部分も扱います。我々の身体が存在するとか、動くということには、そうしたベースの部分がしっかりと支えて成り立っているのですね。

一番みじかな自然、それが体です。おざなりにすると、やはり何かしらのしっぺ返しがやってきます。

 

 

さてTEDに面白いプレゼンテーションがあったので紹介します。

 

著名な自然写真家であるフランクス・ランニング。溶岩に覆われた始まりから、今日の多様性に至るまで、地球の物語を語る詩的写真集、ライフ。彼はその中から美しい生命の写真をいくつか紹介します。(音楽はフィリップ・グラスです。)

 

彼は写真家として、見た目の違いを度外視し、すべての生き物に共通する部分を見つめたい。と話します。全ての生き物に共通する部分つい全部見てしまうTEDのプレゼンテーションです。

 

 

https://www.ted.com/talks/frans_lanting_s_lyrical_nature_photos?language=ja

 

フランス・ランティング

写真家

1951年オランダ生まれ。ナショナル・ジオグラフィックなどで活躍する写真家。長年、世界各地で野生動物や迫力ある大自然を撮影。自然写真の分野では、世界でも有数の評価を受けている。2014年には、母国オランダで、ナショナル ジオグラフィック協会とWWFによる「フランス・ランティング写真賞」が創設されている。

全体から部分へ

週に一度夕食作りをしています。またパン作りが楽しくやってます。

料理は本当に全体性のある行為だと思います。料理を考えたり、材料を買いに行き、下準備し、段取りながら料理し、食事をし、後片付けをする。

 

一連の作業を全部やる。一部でなくて全部、全体に関わっていく。これ大切なことだと思います。全体に関わってみないとわからないこと、全体を見るから見えてくることってあります。

 

セッションでも、全体をみて、必要な介入を行います。「不調なのはそこではない」そんな風に思われることがあるかもしれません。が、身体というのは、その部位だけで成り立っていることはなく、お互いに関係性を作りながら、その部位の役割をこなしています。そうした関係性を少しバランスを変えてやるだけでも、生じていた不調が治ってしまうことだって多いのです。両手に松葉杖だった人が2回目には一つ外れ、3回目には両方手放していたそんな事例もあります。

 

この体がもつ調整力やリカバリー力は、残念ながら現代人は、うまく使えていません。起きている症状に対して対処しているだけ、あとは時間が解決する。そんな発想でいる場合が多いのです。ロルフィングを受けると、自然状態に戻ろう、整おうとする力が戻ってきます。我々の潜在的な能力は、まだまだ発揮されていない、体を見る限りそんな風に思うのです。人それぞれ、少しづつ個性がある固有のものである身体。体は、一人づつ固有のものを発信しています。

 

体の声に耳を傾けるそんなキッカケになることが多い、そんなセッションでもあります。体の全体性に関して、なんとなくわかるそんなセッションでもあります。今までお医者さんに任せっきりになっていた分、自分の身体との関係をよくしたい人には、本当にお薦めしたいのです。

 

さて今日はブイヤベースとパンを作りました。

ブイヤベース

 さて昨日ブイヤベースを作ってなかなか美味しく出来て、感動してふと思い出したのは、昔、南仏で食べたブイヤベースがあまりに美味しかったことでした。

 

プロバンス(南仏)へは、2度訪れたことがあります。プロバンスに興味を持ったのは、イギリスの作家ピーターメイルの「プロヴァンスの贈りもの」という本を読んでからです。その本で扱うプロバンスがあまりに素敵な場所で、いつか行ってみたいと思ったのです。また主人公が広告マンであったこともありますね。こんな物語です。

 

 太陽の少ないイギリスの気候にうんざりしていたイギリス人が、ヴァカンスで何度も通ったプロヴァンスに移住し、そこでの生活を綴ったエッセイです。個性あふれる近隣住民との交流や地元レストランの食べ歩きの話にとどまらず、家の大改修を依頼したものの、コンクリートミキサーを家に放置されたまま配管業者や空調業者など複数の業者に半年以上待たされて、いよいよ年末・クリスマスを迎えるにあたって一計を案じた顛末など、まるで読者もその場に居合わせたような気分にさせてくれる物語です。広告業界で成功をおさめた著者ピーター・メイルは、35歳でその仕事を辞めて文筆業に専念することにし、40代後半に南仏のプロヴァンスのメネルブに移住してこの本を著しました。

 

この本は世界的なベストセラーになりました。あの当時の僕は、この本と同じようにいずれ、広告の仕事を切り上げたら、プロバンスのような所に、移住するつもりだったんだ。うわー若き日の記憶を思い出してしまった!

 

 

 

 

さて、ブイヤベースの味が色々な記憶を思い出させくれました。こうして記憶というのは、他の感覚とくっついていて、時に鮮やかに蘇ります。ロルフィングでも、忘れていた記憶が蘇ってくる方が結構いらっしゃいます。それは自分だけでは思い出せなかった重要な記憶であることが多いです。自分は自分に都合の良い記憶だけを意識の近いところに置いてしまうものです。人生が同じループに入っている時などは、無意識が忖度しているいい、悪いを突破して、素直に自分を見つめた方がループから抜け出れることが多いです。記憶というのは体のどこかにスイッチが畳み込まれていて感覚刺激が脳を開き記憶が飛び出てくるのでしょうかね。

 

 

話はブイヤベースに戻りますが、本場、マルセーユでは、ブイヤベース憲章というのがあるそうです。マルセイユ市が公式に定めたブイヤベースのレシピです。こんなものです。

 

まず、「ブイヤベースの具材にする魚は地中海の岩礁に生息するものに限定し、海老類・貝類・タコ・イカは入れないものとする」とされています。高級店で出されるようなオマール海老やムール貝を入れたブイヤベースは邪道としているのです。

 

第二には「具材として入れる魚は最低でも四種類以上とする」こととなっています。魚の種類を増やすことで、より複雑な旨味を重ねるようにしているのです。

 

第三は「出汁を取る小魚は決められた魚を使うこと」です。同じ出汁を取ることで味の変化を最小限に抑えようという意図があるのです。

 

第四には「ブイヤベースは短時間で仕上げること」とされています。ブイヤベース(bouillabaisse)の語源は「煮込む(bouill)+火を止める(abaisse)」の合成語であるといわれており、まさに「短時間で強火で煮込む」スープ料理なのです。 

 

なるほど、これによると、エビもイカも入っていた僕の作ったブイヤベースは、正統派のブイヤベースではないみたいですね。次回は正式版作ってみよう!

 

 

 

プロヴァンスの贈り物は2006年に映画化されています。

予告編をシェアします。 

レシピ

料理に付きものと言えばレシピです。ネット上にも本にもたくさんのレシピがありますね。

 

何を隠しましょう、ロルフィングにもレシピがあるのです。面白いですね、ロルファーはロルフィングのレシピ通りに、あなたのからだを仕上げていきます。

 

レシピどおりに進めていくと、不思議ですが、そのセッションで必要なことが体に起こるという訳です。ただレシピはレシピですので、そのレシピを使って、どういう風なイメージをし、どういう仕上げをしていくかは、その方にあったアプローチで、ロルフィングをしていくかは、ロルファーによって異なります。もちろん素材も違いますし、調味料も、味も、キッチン環境も、そして料理人もそれぞれです。このあたりは、ほんとうに料理に似ていて、どんなロルフィングになるのかは、かなりロルファーごと違うものになってきます。

 

またボディワークですので、直接体に触れることになりますので、相性というか、あまり緊張しないで受けれそうなロルファーに受けるのがいいと思います。ロルファーもだいぶ増えてきましたので、自分に合うロルファーが見つかると思います。サイトを見たり、評判を聞いたりして、なんとなくピンとくるものがあると思います。僕なんかは、クライアントからのご紹介のお客様が随分と増えてきた感があります。

 

出会う人、ひとりひとりとちゃんと向かいあうということに尽きるのですが、いい出会いがいい出会いを作っていくそんな気がします。ロルフィングが興味を持った方が、素敵なシリーズになりますように。レシピを超えてお待ちしています。

Our Story in 1 Minute

 

昨日、とあるイベントで国学院大学の石井匠さんに教えて頂いた映像です。1分間で巡る地球の歴史です。

 

裸足で歩く

 

裸足で歩くことは、思う以上に体に良いことです。小児科の専門医であるKacie Flegal博士はワシントン・ポスト紙で、こう書いています。

引用します。

 

裸足で過ごすことは、自己受容を高め、前庭神経の発達を促す最も簡単な方法の一つは、赤ちゃんを可能な限り長い時間裸足にさせておくことです。赤ちゃんを裸足にしておく他の利点は、落ち着きと自意識が高くなることです。

赤ちゃんが小さな足の裏で知覚し、動き、バランスを取って歩いているときには、触覚、自己受容、前庭神経系から脳に送られた情報は、他の外的な知覚を鎮め、抑制することになります。これは動いたり歩き回ったりするスペースに対し、集中したり、歩く意識を生み出します。赤ちゃんはその環境にどんどん順応していくのです。

 

 

赤ちゃんだけでなく、大人にとっても大変いいことで、同様の効果、そして足の補正効果があると思います。

自分の素足で歩くことは落ち着きや自信を取り戻す行為だと思います。

さて、通っているスポーツクラブでロッカールームからスタジオまで裸足で歩いていたら、スタッフに注意をされてしまいました。「すみません、床に何が落ちているか分からないので、靴履いて頂けるとありがたいです。」と。「あ、スミマセン」

 

仕方なく、帰りに芝生のある公園に出て、しばし裸足ウォーキング。効果云々よりも、気持ちいい。

僕の様子を見ていた子供が真似をして、裸足で歩き始めたところ、お母さんに怒られて止められていた。

ゴメンな、少年、怒られるネタを作ってしまって。。。

人生100年時代のカラダへ

人生百年時代が、本格的に検討されています。

 

以下が日本政府のスタンスです。

 

日本は、健康寿命が世界一の長寿社会を迎えている。海外の研究(リンダ・グラットンの著書「ライフシフト」で引用されている研究)を元にすれば、2007年に日本で生まれた子供については、107歳まで生きる確率が50%もある。この日本で、超長寿社会の新しいロールモデルを構築する取組を始めていきたい。

 

◇こうした超長寿社会において、人々がどのように活力をもって時代を生き抜いていくか、そのための経済・社会システムはどうあるべきなのか。それこそが、「人づくり革命」の根底にある大きなテーマ。

◇こうした社会システムを実現するため、政府が今後4年間に実行していく政策のグランドデザインを検討する新たな構想会議がこの「人生100年時代構想会議」にて行っていくそうです。

 

参考

内閣の人生100年時代構想

「人生100年時代構想会議」の目的と主要テーマ

 

 

 

実際のイメージはしにくいけど、国が動いてくると少しリアリティを持って人生100年時代が見えてきますね。人生の後半は、これまでのような皆で同じ生き方をしていくのでなく、それぞれが個人個人が組み上げていく時代になっていきそうです。

 

世界史上初めての経験です。文学にも、経済学にも社会工学にもお手本がなく、一人一人が在り方を切り開いていくそんな時代です。やり方を間違えると超管理された環境で生きていく、そんなイメージも想像できます。まさに今作られている高齢化社会です。

さてどんな社会になっていくのでしょうか。静かにですが、なんとなく違和感のある世の中になって来たようにも感じます。

 

さて、現実を切り開いていくには、これまでの1つの物語で生きて行くだけでもなくなってきています。第2の人生、第3の人生。さらに色々な生き方、色々な楽しみ方、色々な関係性を楽しめることが大事な時代になってきています。創造的であれば人は、幾つでも人生を送れる、そんな時代です。

 

楽や便利、あるいは儲かることよりも、興味や、満足感、楽しさ、自然な感じに、考え方をシフトすると現実が少しづつ変わって来ます。自分で考えることが大事だと思います。薬や医学だけに任せて自分を自動運転していっても体との関係性は失われていく一方です。自分の体の可能性を開いてくれるもの、それは刺激物でも薬でもありません。

  

あなたが自分の全体性に出会う時、それはあなた自身に自分が出会っていくということです。体にはたくさんの叡智が眠っています。体は、考えてもわからない、意識と無意識が出会う場所、自分自身に繋がる場所でもあるのです。

 

私のセッションは、あなた自身と出会うことを、体を通じて経験していく場です。内なる自分と出会うたびにあなたの人生は、少しづつ変貌していきます。 

 

体とはなんて奥深いものだったのか。生きている違和感、心の痛み、身体の痛み、全て自分の事として出会っていきましょう。それが生きているということ。今ここにいるということにも繋がっていきます。

 

まずあなたの身体・・・・・あなたの呼吸。内臓。脳。あなたの手足と共に、自分自身と出会いましょう。体の中がニュートラルになると体の本来の力を取り戻し、調整力や免疫力が高まっていくことにも繋がります。

新しい楽器

先日とあるパーティで、ハンドパンを演奏する方と出会いました。色々調べてみるとなかなか興味深い楽器でした。

 

ハンドパンは、2000年にスイスのPanArt社が開発した新しい楽器です。21世紀にできた楽器。楽器で新しいものは珍しいですね。

こんな音がします。音の広がりが場を作り体を共鳴させていきます。

言葉は、その人の人生を映し出す

 

谷川俊太郎展へようやく行ってきました。

言葉の力、改めて感じました。

 

会場から出てくると、「ふーっ」という軽いため息か、会場を覆いつくす言葉のエナジーから開放された安堵感か、わかならないような不思議な呼吸を感じました。

 

この言霊の国、ニッポンで起こっている言葉だらけの言葉なき仮想空間的現実から、一瞬隔絶され摩訶不思議な場所に来た気がしました。

 

言葉に「人」が宿る。

言葉に「人生」が宿る。

「言葉」は、その人物の「人生」を映し出す。

さまざまな「言葉」が映し出す「人生」を知ることは、

自分自身の「人生」を知ること、そして考えることにつながる…。

そんなこと思いました。

 

 

詩人ですが多彩な方で、翻訳、絵本、そして歌詞、評論などものすごい数の仕事を残しています。一番有名なのはこれかな。「鉄腕アトム」1980年のバージョンで。

もう死んでいると語る、生きている86才のカッコいいオジイさんです。