卒業

娘の卒業式に参加してきました。最近は親の席も用意されているのですね。聞くところ、大学やそして企業も父兄席を用意しているとか。本当でしょうか。

 

さて、あなたが最後に卒業したのはいつですか?それから何年経ってますか?

 

何年かに一度は、卒業して、身辺整理していかないと、あなたの中は、ごちゃごちゃとしているかもしれません。違和感や生きずらさがあるとしたら、つじつま合わせや、とりあえず、代償などでいっぱいの可能性が大です。

 

そしてその違和感は、きっと体の中も、そんな感じになっているのだと思います。体は優秀なデフォルトの自動運転装置が付いています。寝て起きるとだいたいリセットされているものですが、それだってたまには点検が必要です。

 

これは健康診断、健康の為の測定とは違います。体の統合、つまりバージョンアップに繋がることです。TE2ボディワークスでは、人生の折り返し地点あたりまでに受けるのを推奨しています。人生後半の人生を充実させていくために、自己投資する人が増えています。

 

筋骨格系の総点検、統合です。そして体に応じて頭の中も総点検されると、自分の中には、意外なお宝が眠っていることも多々あります。宝の持ち腐れに注意!

自分再発見は、自分の新しい価値に気がつく時間です。今までの自分を卒業して新しい自分にシフトしましょう!

 

TE2カフェ

4月後半から月に1度程度サロンをオープンにして、シェアの場を始めようと思います。オープンサロン・TE2カフェです。

 

今年は、僕は色々な場、パーティーなどに参加して、シェアの場の大切さを感じました。TE2カフェは、あまり大人数ではなく、少人数でお茶を飲みながらお話する場にしたいと思います。

 

TE2ボディワークスも6年目。これまで来て頂いたお客様に10シリーズセッションをシェアしたり、振り返ったり、

僕がブログで書いているような社会的なテーマ、ロルフィングや健康について発想法など学ぶ機会、またゲストをお呼びしたり、にと考えています。(TE2ボディワークのお客様は多彩で色々と面白いことをされている方が多いです。)

 

店のメルマガ、時にfacebook経由、また、時にこのブログでご案内しますので、興味がある方はどこかにアクセスお願いします。

 

 

 

腸が動く

さて、この二日あたり腸が動いています。グルグル、グルグルと音を立てて、動いています。痛いとか、違和感な感じがしないので、病院へは行ってません。一言でいうと何か、存在を主張するようなそんな行動のように感じます。


腸が自己主張するなんて何か変わっていくのでしょうか。内臓の臓器同士の関係性が変化しているようです。何でしょうね、楽しみです。自分の変化を見守っていきます。

 

さて、今日は学生時代の友人宅へ遊びに行きました。大学生になる息子さん、高校生になる娘さん、奥さん、そして友人、家族全員いて、楽しいひとときを過ごしました。


家族全員と接すると、それぞれの家族が持つ無意識がみえてきます。普段、意識化されていないので気がつかないことが第3の視点から見ると色々気がつくのです。

 

クライアントでも、たまにご家族で受ける方がいらっしゃいます。夫婦とか、親子とか、あるいはご家族とか、近い関係性には、様々な無意識あり、無意識に気が付いていくことにより、関係性が変わっていくことができます。

 

身体と関係性、何が関係あるのか?ボディワークで関係性が変わる?どういうこと?と、不思議に思われるかもしれませんが、身体の状態は、それぞれ単独で存在しているものですが、環境ともコミュニケーションしている部分もあり、身近な関係性も少なからず影響をしているのです。我々は、自分で思っているほど孤立した存在ではなく、相互関係で作られる部分もあるのです。心理学には関係性心理学というアプローチがありますが、同じように身体にも関係性があり、身体的なアプローチにより環境や他人との関係性は変わってきます。



 

一期一会

 一期一会という言葉があります。一生に一度だけの機会。生涯に一度限りであること。生涯に一回しかないと考えて、そのことに専念するということを言っています。

 

もともと茶道の心得を表した語で、どの茶会でも一生に一度のものと心得て、主客ともに誠意を尽くすべきことをいったそうですが、それはたまたま茶道見出されただけで、一期一会という感覚は、茶道が生まれるずっと前から、人間には存在した感覚だと僕は思います。

 

一期一会的な感覚の中に、そんな存在的な出会いの中に、我々人間の現実感は生まてくるのだと感じます。

 

出会うものは様々です。しかし自分自身の声を聞いていれば、自分に必要なものと出会える、そんな身体的な特性を我々は元々持っているのだと、身体的に感じます。

一期一会はそんな今ここにあることを象徴した言葉だと思います。

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ダンスダンスダンス

森山開次さんのダンスパフォーマンスを観て来ました。ピアノに合わせて自由に踊る感じです。素敵なダンスでした。舞っていました。

 

特に安定したコアからの上半身の表現力や、濃淡ある動きというのでしょうか、大きな姿勢からの倒れ方?が素晴らしかった。なかなか日本人でああいう感じで踊れる人って少ないでしょうね。

 

ダンサーの方も、毎年何人か診させて頂いていますが、ほんとうにダンスにも色々あります。大きく分けて社交ダンスやアルゼンチンタンゴのようなフォーマットと、パフォーマンスや演技表現でのダンスでは、少しセッションの在り方を変えているような気がしました。

 

うまく言えませんが、封建時代と近代の自由と楽の在り方の違いみたいな感じでしょうか。余計わからなくなりそうな言葉を投げてしまったかもしれません、笑。おやすみなさい。

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もう一度、様々な物質と、いきいきとした会話をはじめよう

新国立競技場の設計で有名な隈研吾さんの展示「くまのもの」を見に行ってきました。様々な物質との新しい関係性へのチャレンジの記録の数々、素敵でした。国立競技場も楽しみになってきました。

 

展示会では、約30 年に及ぶプロジェクトを紹介しながら、対話を重ねてきた素材面に着目し、建築設計やプロダクトデザインなどの蓄積を、時系列ではなく主要なマテリアル(竹、木、紙、石、土など)ごとに分類・整理し、“もの” の開放によって、人の感覚や意識、そして環境を媒介する建築の可能性に迫ります。 

 

 

ちょっとロルフィングに似ている気がします。身体との新しい関係も、すごく分かりやすい部分ありますが、なかなか出会えない身体だってあります。勇気を持つ。諦めない。実際にやってみる。そうしたいくつかのコンテクストが重なった時に、構造や機能が動くこともあります。

 

医学的な意識しか持っていない方には、薬も飲まない、手術もしないで、いい状態に変わることは、一見魔法に感じるでしょうけど、やっていることは意外に単純なことです。

 

会話を試みること、そして試み続けることは、体の中の関係がよくなるキッカケや、解決法になるのだと思います。やっていることは、身体という存在が持ち合わせている全体性に委ねていくことを基本としています。

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負ける建築

先日紹介した隈研吾の言葉で、「負ける建築」というのがあります。

 

そびえ立つタワーマンションや、どや顔のいかにも一軒家!的な、環境に勝ち続ける建築でなくて、 建築は,自己主張するのではなく、周囲の環境に溶け込むような建物を建てること。さらには、予算や敷地などの「制約」を逆手にとって独創的な建物を生み出すものである、環境等の諸条件を受け入れ、負けていくことにより、それを享受する人々を生かしていくことになる。というコンセプトワードです。

 

日本には、「負けるが勝ち」という諺がありますが、負けれることで、余裕が生まれ、結果的に、いい関係性を作れたり、勝った相手よりもいいポジションに立てるというような意味でしょうかね。

 

体にも、やはりまず受け入れる、それから動く。みたいな、基本的なスタイルがありますね。そっちの方が、動きやすかったり、楽だったり、自由な発想が生まれてきています。「人生で負けるが勝ち」を実践しだすと、知らぬ間に、人生のポイントカードにたくさんポイントが溜まっていくと思います。

 

ロルフィングもある意味、負けていくことは大事ですね。体の場合は、イールドという言葉を使います。征服される、明け渡すみたいな意味です。でも不思議なんですが、このイールドを行うと、様々な回路が自然状態に戻ってきます。

 

勝つのも気持ちいいんですけどね。人間同士でもたまには勝ったり、負けたりしながら、双方向でいると、色々とできることや、展開していくことが増えていくのでしょうね。

 

 

 

自分の中の自然

人生無事で平穏がいい。

時にそんな風に思うものです。それでも思いもよらないことは時に起きるものです。

 

でも変化の兆しは必ず起こっています。ちょっとした知らせは必ずあなたに届いています。言葉ではない、気配や雰囲気であなたに届いています。環境が変わりだしたら、それは変化の時です。変化の流れに委ねているのが自然な流れです。

 

あなたの中の自然は、身体にあります。身体と心の距離が開きすぎると、違和感や倦怠感に陥ってしまいます。身体の感覚を開き、ニュートラルにし、身体の声に耳を澄まして、自分自身と出会いましょう。

 

自分らしく、静かなる、確かな力が、あなたを支えていきます。身体はあなたの一番の協力者です。身体に眠る自然な力、あなたの潜在力と出会い、本来の人間性に戻る為のボディワークです。都市生活をしていると、自然から解離してしまっていますが、我々の身体には自然なる法則によって生きています。

 

宮沢賢治の有名な詩を掲載しておきます。

この詩の中の人は、身体使ってますね。

自然と共に生きる人間だなと思います。

 

 

 

雨にもまけず

風にもまけず

雪にも夏の暑さにもまけぬ

丈夫なからだをもち

欲はなく

決して怒らず

いつもしずかにわらっている

一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜をたべ

あらゆることを

じぶんをかんじょうに入れずに

よくみききしわかり

そしてわすれず

野原の松の林の蔭の

小さな萓ぶきの小屋にいて

東に病気のこどもあれば

行って看病してやり

西につかれた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行ってこわがらなくてもいいといい

北にけんかやそしょうがあれば

つまらないからやめろといい

ひでりのときはなみだをながし

さむさのなつはオロオロあるき

みんなにデクノボーとよばれ

ほめられもせず

くにもされず

そういうものに

わたしはなりたい

 

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身体と共に歩く

 

立ち止まって見ていると、動いている人がどの方向いへ進んでいるのかわかるけど、自分が動いていると、その人がどっちへ向かっているのかよくわからない。

 

気がつくと自分と同じ方向に進んでいたり、どんどん近づいてきてぶつかったり、スクランブル交差点のような場所をすり抜けていくのは結構大変です。

 

セッションの感想で、面白い感想をくれた方がいます。

 

街を歩いていて人にぶつからなくなりました。考えないで体がそうしているのを感じます。

 

頭で考えて避けるのでなくて、身体が無意識に動いて人を避けて行くのを感じたのだそうです。体感いいですね、身体の無意識の反射が向上したのを感じたのでしょう。

 

スクランブル交差点のような、どこから何がやってくるのかわからないような現代社会を生きるには、直感力、身体が感じるこうした身体知性も、きっと役に立つのではないでしょうかね。どうしても我々の知覚体系は、情報に頼りがちですから。一度今の自分の身体を感じて行きましょう。

 

前に進んでいきましょう。

筋力でも、スマホを流れる情報でもない、あなた自身の身体の力と共に。

 

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土偶と埴輪

 

國學院博物館が近所に出来てからよく行きます。常設展示のテーマは考古学と神道。我々日本人が地に足がついて生活する為に土台と言える2つの足のような分野を解説してくれています。ロルファーの勉強で胎生学をやり興味深かったですが、考古学もまた面白いです。

 

色々紹介したいところですが、うんちくを一つ。

土偶と埴輪の違い。知っていますか?

 

一番違うのは、作られた年代が違います。土偶が縄文時代で、埴輪が古墳時代です。

土偶は、女性を誇張,あるいはデフォルメした像が多いです。写真のは、遮光器土偶と呼ばれ、まるで宇宙人のようですね。土偶は破壊されたものが多く、祭事に使われていたようですが定かではないです。

 

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生活習慣

がん、脳血管疾患、心臓病などは、以前は成人病と呼ばれていました。、1997年から生活習慣病という呼び名に変更になりました。

 

成人になったらなる病気から生活習慣によって惹き起こされる病気、という認識に変わったわけです。若くても生活習慣が乱れていれば生活習慣病になるかもしれませんし、成人になっても生活習慣が適正であれば生活習慣病になるリスクは低くなる、そういう認識でよいと思います。

 

生活習慣は毎日のことですから、身体に対して大きく影響することでしょう。姿勢や痛みや違和感も生活習慣に起因すると言えばそういえるかもしれません。また心理的な葛藤が引き起こす身体症状も生活習慣からきているのだと思います。

 

心理学者のアドラーは、こんな風に習慣に変えるように提言しています。その8つはこんな習慣です。

 

【習慣1】「ありのままの自分」を受け入れる

【習慣2】自分を知る

 

【習慣3】失敗や欠点を糧にする ハンデや逆境を生かす

【習慣4】負の感情とうまく付き合う

【習慣5】建設的に考える

【習慣6】大局から見る「そもそも論」で考え直す

【習慣7】共感する 相手の目で見る

【習慣8】勇気をもつ 自分の問題と相手の問題を分けて考える

 

こうして並べてみると10シリーズに似てます。年齢を重ねて行くと理解だけではなかなか習慣にならないことが多いです。体からわかる。体現する価値は高いなと改めて思います。一生に一度の10シリーズは、あなたの心と体に新しい習慣を加えてくれるよう思います。

 

 

人生の裂け目を捜す

絶対にミスはない。完璧である。

そう思う人でもどこかに穴が空いているものです。

穴は自分ではなかなか気が付けません。

気が付いても見ないふりしたりできます。

 

人生のどこかで、ある時突然露わになると、それはそれは大変なことになります。だったらあらかじめ自分で探しておくこと。知っておくこと。実は大事だったりします。

 

人生の裂け目を探す。

 

 

無意識に委ねない。 

健康でいうところの未病に繋がる、

自分の全体性へと向かう為の、前向きの行為です。

 

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うさぎ島

大久野島。通称うさぎ島へ行ってきました。

ペットは、犬か猫か亀かうさぎかハリネズミか、続く家庭論議の中のフィールドワークです。

 

うさぎもエサの為には立ち上がるんですね、びっくり。二足歩行を始めるでしょうか。いや、そんな愚かなことはしないよな、うさぎは。

 

 

ひとりブツブツ我思う故在り。

変わらないもの、変わり続けるもの。

 

変わり続ける斬新さ。

変わらない安定性。
どちらも元々からだに内在されています。
年齢と共に失われていくものと思いがちですが、
無意識に眠っているだけです。
からだには元々全体性があるものです。
 
 

love & fight

映画の主人公は、自分や大切な人との「幸福追求」のために行動する。巻き込まれたトラブルから脱出し、奪われたものを取り戻し、次のゴールへ到達したいともがく。映画学部で脚本を書いていて、主人公が求めるものは究極的には「恋愛と戦い」である、という結論に至った。

 

そう語るのは、(株)ボルテージの津田社長。僕がその話を聞いたのは10年前だが、売上高100億を超えるようになった今も企業ビジョンにそれを連ねる。

 

「恋愛」とは、男女間の恋愛にとどまらず、人と人が認め合い支え合うことを含む。「戦い」とは、ライバル同士の競い合い、自分の弱さの克服、社会の古い因習への挑戦などを指す。逆境の中、主人公が自分なりの幸福を求め、もがきあがく姿に観客は共感し応援したいと思う。悩んでいるのは自分一人ではないと励まされ、癒される。それが物語の力だ。私たちは、ネット時代にふさわしい物語の形を考え、独自スタイルとして追求していく。物語の力は今も健在だ

 

ロルフィングをするようになって、ひとりひとりと向かい合う時間が増え、身体の統合を超えて、一人一人の自分には物語が必要だと、感じるようになった。

 

恋愛や戦いは必要だけど、今は代償戦や代償恋愛が多く、自分の人生では、恋愛も戦いもない方が絶対的な正義であるような、そんな雰囲気が社会に遍在する。心理学者か投影と呼ぶ代償を行うことが常識になったのだろうか。

 

自分の人生は無事平穏に遅れることが最優先でいくことや35年ローンや、安心できる就職や、予定調和なイベントに顔を出し、笑顔で皆で手を取り合う。そんなパラダイスができていくのだろうか

 

本質的な意味でいうと、人は愛したり、戦ったりしながら生きていくのだと思う。それは関係性にも繋がります。その部分をあまり使わないで生きていくと、きっと「生きている感じ」がしなくなっていくのではないのかと思う。それは、リアルでなくても、パフォーマンスでも、祭儀でも、構わないとは思うが、それを完全に無くしてしまうと、何かと出会うことがなくなり、次第に自分だけになり、本来の人間性からズレていくような気がしています。

 

方法論や在り方は変わっていってもいいけど、自分の為のlove & fightちゃんとしていますか?

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風景と出会う

 

 

 

掬月亭よりの眺め。この畳の部屋にごろりと寝て風景を眺めていました。

 

栗林公園。回遊式大名庭園の変化に富んだ庭景。広大な自然環境の中で、緑豊かな紫雲山を借景として、六つの池泉、十三の築山、島嶼、芝生、滝、茶室、梅林、竹林、桜のほか多くの名木、名石のどれもが”一歩一景”の風景を演出しています。

 

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自分の体と出会う。

いつも残っているものが素晴らしいものとは限らない。新しいものがいつもいいとも限らない。

 

廃れてしまったから、使わなくなってしまったから、価値がなくなったわけではない。

 

 

無くなってしまったものの中に叡智が、やらなくなってしまったことの中に素晴らしいものが、残っている場合だってたくさんある。

 

今その時を楽しむこと。

今その時に出来ること、

今その時に参加すること。

今その時を共有すること。

 

全て体を使って体現していきます。 

 

 

体と出会うこと。

それはあなたの全体性と出会う一つの手段です。

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守破離

守破離という言葉があります。

個人のスキルをレベルで表しているため、茶道、武道、芸術等だけでなく、スポーツ、仕事、勉強、遊び等々、世の中の全ての作業において、以下のように当てはめることができます。

 

まずは師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まり、その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」。最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができるという上達の考え方のプロトタイプです。

 

さてロルフィングトレーニングもこれに当てはまるのかどうか分からないが、少し振り返ってみると、確かにロルファートレーニングのユニット2を終えるとクライアントへのセッションが可能になり、ちょうどその時期、幸田さん(日本人ロルファー第一号)のセッションルームでシェア募集があり、セッションを始めた。友人たちが動いてくれて、セッションルームは最初からクライアントが集まり、習ったそのままセッションみたいな日々が続く。ユニット3を終え、ロルファー活動開始、10シリーズを提供開始し、2月から青山のサロンにてシェア提供開始。一年のインターバル後、渋谷サロン開設、フルタイムでのセッション提供開始。この辺りから、レシピ通りにしていたセッションが変化してくる。

 

2年を経て、アドバンストレーニング参加。アドバンストレーニングにてボディワークの心理面、構造や機能以外のセッションの可能性を学び、トレーニング後に、少し10シリーズ以外のセッションも展開。自分のセッションのスタイルを理解し、少しボディワークの枠組みから離れたセッションも展開していくことになる。並行して心理学や精神病理などを学び、自分の提供できるセッション量も解りだし、提供枠を限定し現状のスタイルに落ち着いている。無理矢理当てはめれば、6年を通じて守破離と進んできた気がする。

 

当初、自分が感じた、身体性の解放の不思議さに惹かれて、入ったボディワークの道だが、次第に、意識面への興味が広がり、心身統合のスタンスにて、ロルフィングを行なっているのが現状である。初めてロルフィングを受けて10年。ロルファー活動7年目。気がつけば、老若男女、誰にでもセッション提供できるようになっている。

 

最近お会いしていないが、僕がロルフィングを受けたのは、代官山で施術されている平田継夫氏。会う度に難題を出され(例えば、ロルファーになった時に、報告に行くと、10シリーズは一つの方法論であると難題を出された。やっと10シリーズが出来るようになった当時、大いに落ち込んだものである。)

続けたが、今となっては、感謝している。常に学び続けるテーマをたくさん与えられたと思う。

 

守破離という言葉を書いた時に、平田さんの顔がまず浮かぶのは気のせいか。

 

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自分でいられる場所、自分でいられる体

 

あなたはどこにいる時に自分らしいと思いますか?

 

自分の家? 自分の部屋? 行きつけの飲み屋? 家に帰る途中の公園?彼の腕の中? 会社の自分のデスク?

田舎のリビング?

 

どこでもいいけど絶対芝生の上という人もいるでしょう。自宅のテレビの前? そして場所は問わないが、パソコンの前、なんて人もいるでしょう。自分でいること。自分らしくいれる場所は必要です。

 

可能なら一つは、原風景的に、全体性がある場所。もう一つは、人と繋がりが感じられる場所があるといいですね。

 

自分の家にいても居場所がない。自分の体なのに違和感がある。そんな状態は、何かズレていたり、歪んでいるかもしれません。自分をニュートラルに戻る必要があることを、心や体が求めている時です。早めに、自分自身に戻れることを考えてください。そんな場所に行って、自分を委ねられるといいですね。

 

意外に自分では気が付けないことの一つです。

自分でいられる場所。自分でいられる体。

ニュートラルな感覚、大事ですね。

 

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ホームポジション

同じロルファーの藤本さんの本にもありましたが、自分の体のホームポジションって大事です。

 

あるべきものがあるべき場所にある。

時に旅に出ても、別の場所に行っても、戻ってくるべき場所がある安心感。

 

我が家感覚。我が身体感覚。

我が家、我が体は、楽でくつろげる方がいい。

 

違和感を無くして、自分のホームポジションを整えていきましょう。体が変わると、、環境や映る世界も変わってきます。 

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流動体について

体の60〜70%は水分でできていると言われます。赤ちゃんは約75%、子供は約70%、成人では約60%、老人では50%、つまり年齢とともに水分量が少なくなってきます。

 

スポーツクラブとかへいくと体の水分量を測ってくれます。僕は今のところ62%と出ます。

 

水分というと血液とか、リンパ液を思い浮かべますが、あらゆる場所に水分があります。例えば筋肉の中も水分がありますが、筋肉が硬くなっていると流れが悪くなります。質のいいマッサージを受けるとリラックスしてきますが、流れが回復する体の流動性の回復のせいもあるでしょう。

 

内臓エリアも流動性が高いエリアです。内臓は互いに水分を通じてコミュニケーションしています。NHK特集でもやっていましたが、メッセージ物質を、交換しながら、流動性を維持しています。それは内臓だけでなく、内臓と脳、骨なども一緒です。体は決して部分的に存在しているのではなくて、体全部が関係しながら、全体で1つを存在させているのです。

 

大脳皮質にある意識は、普段気がつかないかも知れませんが、無意識に体は様々なコミュニケーションをしながら、今の状態をただ作っているのです。そして体には、固有感覚という体の内部を感じる知覚があるので、感覚を高めていくと色々と感じることが出来ます。知覚はいくらでも高めていけるのです。

 

知覚が高まると、体のパーツパーツの連携や、水のネットワークを通したコミュニケーションが良くなり、体の機能回復、動きのバリエーションの可能性、身体感覚、さらには5感といった体の外のことを感じる感覚まで広がっていくことに繋がっていくのです。この流動力のある体作りへの入り口。これが10シリーズでもあるのです。決して考えていても分からないものです。

 

感じる力が付いてくると、不思議なことがたくさんあります。今の所エビデンスは1例だけですが、例えばNHKでやっていた、臓器同士のメッセージ物質の会話が、脳で変換されて意識に流れてくることだってあります。内臓レベルで起こる感情の隆起を腸の動きとして感じることもあります。横隔膜の緊張の左右差を感じ取ることも出来ます。

 

体のパーツとそれを司る脳組織の連携が良くなってくると、様々な非常識な知覚が蘇ってきます。(多分、ずっと昔、縄文時代は普通のことだった可能性もあります。その後の人間は、文明を進めてくる過程で、内部知覚外感覚、例えば五感に代表される体の外の感覚を意識するにあたり、内部知覚は意識に上らなくなり、無意識下で動くようになったのかも知れません。内部の感覚は全て固有感覚で、ひとりひとり違うのです。個別の感覚なので、全ての人が感じるかどうかは分かりません。あくまで僕の知覚です。知覚は身体にそれぞれ宿るものです。

 

知覚を育てていくと、自分の体だけで、色々面白いです。違和感や不調和にも気がつくようになり、体の調整力も免疫力も高まります。健康になることは医学的な検査や処置ももちろん大事ですが、こうした知覚を育てるということもあることを知っていただきたい、そんな風に思います。

 

我々の体は生きています。流動している体です。体を感じて、知覚を感じて、心地よい体を作っていきましょう。今日は、ワークショップイントロダクション風に綴ってみました。色々と体を開いて、内臓レベルで体が流れ出すと、それはもう別世界、パラレルワールドですよ!

 

 

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自分らしい身体

自分らしい身体になる喜びを一人でも多くの人に感じて貰いたい。

 

自分が行うことは、全て身体が行うのです。身体がニュートラルになると、全てがニュートラルになる方向へと少しづつ変化していきます。

 

感じること。

伝えること。

受け取ること。

動くこと。

立ち上がること。

立ち止まること。

前に進むこと。

伝えること。

全てが自分自身に近づいていきます。

 

何も躊躇することも、葛藤することもないのです。

どんなときもあなた自身でいさえすればいいのです。

 

自分らしくいることが全てを変えていく、

人生の妙技にあなたを委ねてみましょう。

宇宙はいつもあなたをサポートしています。

 

自分自身に

サイトのリニューアルや、情報コンテンツの整理をしていきたいので、毎日書いてきたブログは少し間引きをして、週に2回程度にしたいと思います。

 

毎日何かを書くことを通じて、自分の興味が何にあるのか、何を考えているのか、整理出来た気がしています。

 

超情報化時代、情報との付き合い方は少し考えながら接していった方がいいと思っています。情報を享受すること、発信、受信、SNSのように双方向のメディアを無意識に行う中、自分の時間が消費されていたり、気がつくと自分の居場所が変わってしまっている。そんなことも多いと思います。メディアだけでなく実際に自分の身体的な動きや生活、人間関係を大事だと思います。

 

ボディワーカーだから余計そんなことを思うのかもしれませんが、自分の全体性を感じて、自分らしく生きていくこと大切だと思います。


時に自分がどこを向いて生きているのか、自分がどこにいるのか。そんなことを感じる時には、他人に相談するのもありますが、第三者の前に、まず自分の身体に聞いてみる。そんな機会もありなんじゃないかと僕は思います。

 

自分の身体は、あなたのことをずっと見て生きてきています。あなたの一番近くにいるあなたの大切なパートナーです。あなたという意識は、身体と心の二人三脚で生きているのです。普段語りかけない、あなたのパートナーの内なる声に、時に耳を傾けてみては如何でしょうか。

メッセージは意外な形で届いていたります。

世界で一番美しい切り絵人体図鑑

上野公園の人体展へ出かけましたがあまりの混雑に嫌気がさし、空いていたVOCA展へ。ミュージアム

ショップで見かけた素敵な本です。

 

美しいイラストと驚くべき仕掛けの数々を通して、人の体の構造がすみずみまでわかる。子ども向けかと思いきや、ロルフィングでお馴染みの圧受容器、パチーニ小体、なども載ってます。神経、血管、骨などを精緻なレース編みのように型抜きした誌面は、おとなも十分楽しみながら、引き出しながら学習できる、新しい視点からの人体図鑑です。

 

2017年「ボローニャ・ラガッツィ賞」ノンフィクション部門優秀賞受賞作品。


世界で一番美しい切り絵人体図鑑

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稲穂の実るとき

 あなたが好き。

 

 

昔、そんな歌がありましたね。春の田園風景をみていると、美しくて息を飲むくらいです。思わず目の前にいる人を好きになりそうです、笑。狩猟から稲作への変化は、もしかしたらこの美しさかもしれませんね。

 

秋に収穫を夢見ながら。

 

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自然の中へ

 

しばらく関西方面、自然の中へ旅に出ていました。今回はどこへ行っても桜桜桜。桜と共に山道を歩いてきました。途中、菜の花畑、環濠集落や古墳の中、気持ちよい春の日を過ごしました。

普段と違うものを見て、普段と違う人と語らい、普段と違う環境に自分を置く。普段と違うことをすると、違う知覚が開いてきて、固まろうとする我々のバランスをリセットしてくれている、そんな風に感じます。

自然の中に自分を置くと、なかなか自分では気が付けないことが少し蘇ってくる気がします。一番身近な自然である体と出会いなおすことは、自分の中での意識的な葛藤や違和感も、ニュートラルな方向に向かってくる、そんな気がします。

 

 

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