第3の道

 The Third Way.

 「2つの相反する方法論がある場合に、両者を折衷して新たに打ち出される方法論。例えば、政治思想における資本主義と社会主義のそれぞれの利点を活かし、新たな政策を打ち出す場合を指して用いることが多い。」

 

 政治での言葉ですが、日常の中でも第3の道を導き出す必要がある時はありますね。どちらの考え方も手放せない。その葛藤の中から、生まれ出てきた新しい在り方です。生みの苦しみを経た第3の方法は、力強く生きていくことでしょう。いい、悪いではありません。掴み取った新しい価値です。

 

セッションで、身体の中にも、そんな第3の道の痕跡を見つけ出すことがあります。 その壮大な身体の冒険の物語に、よくクライアントと二人、ただひたすらに心打たれたりするのです。

 

それは過去の記憶であり、未来への懸け橋であり、そして今を選択する勇気ですらあります。ちょっとよく分からない話をしましたが、「あれ、これは私のあの時のセッションのことを書いてる?」、と微笑んでしまう方が何人かいればそれでいいです。偉大なる人生のレコードである身体に祝福を込めて。

 

さて先月は嬉しい再会がありました。7年前のクライアントがセッションを受けに来てくれたのです。本質と仮想と現実の狭間での決意をしに。


彼女にも祝福を。

自分に渚を作る

 

 

海の砂浜から波打ち際までに至るまでの場所を「渚」といいます。

海でも砂浜でもある場所。波が行ったり来たり、どっちでもある場所。

 

学生時代にやってた都市社会学だと「中間領域」と言いましたね。

視覚的な連続性、空間的な連続性、そして到達可能性を開いて置くこと。この要素がある街つくりが大切だというような話だった気がします。

  

人間に例えるなら、自分と自分以外が重なり合う場所、そんなものが個人化していく中で、大切になってくるんじゃないでしょうか。

 

言葉と現実が明確に一致してなくてもいい、そんなゆるく緩やかな、開いた、場所や人が、メディアになって、社会や世界が、活性化していくんじゃないですかねー。そんな人が増えて欲しい気がします。

 

身体の境界線は、国境のようではなく、アバウトで、本来、渚のようなものなんです。

頭の中で考える世界ではなくて、外の世界と接するために存在しているのでもあります。

身体を固めてしまうのは、そんなことかもしれません。

 

ルールや意味が我々の生活を覆ってきて、無意識の忖度にがんじがらめになって

生きているのがきつくなってしまって、檻にいるように感じている方も多いかと思います。

 

身体の外と中との境界線は、本来、渚みたいに出来ています。

波打際は、柔らかく、曖昧で、キラキラ輝いています。

渚を裸足で歩いてみましょう。渚は境界・・・出会いの場所です。

 

  

 

木曜日はイレギュラーの練習があります。

この歌を弾いてみましょうかね。

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大切なことは全て

 

 ロルファーになるトレーニングの最初の課題で、身体記憶、知覚についてのレポートがありました。レポート用紙で20枚程、自分の知覚の歴史について、改めて考えてみる機会となりました。(そんな課題が無ければ考えてみることもなさそうですね)

 

最初、文字で書き始めたけどすぐに挫折し、途中から絵で描き始めた。そうそう裏の空き地で、コリーと遊んだっけな。とか、地層が出ている山があって、貝塚だったらしく、貝が出てきていたこと。踏切前の遠藤さんの家には、サルのジロウがいて、ジロウ見るためだけに、遠藤さんちに行ったな。とか。絵にすると出てくる出てくる、幼き思い出。絵はあっという間に20以上出来上がった。

 

そしてその絵から言葉を起こし、そして、何人かに助けられながら英文に変換し、その課題を何とか乗り越えました。懐かしい思い出を思い出した懐かしい思い出です。

 

ロルファートレーニングの課題は、それ以外にも色々あって、社会生活にどっぷり浸っていた僕は、この久しぶりに始まった、学びの時間に、翻弄されながらロルファーになっていったのです。僕の人生の中では、宣伝会議の講座に出て以来のまとまった学び&気づきの時間となりました。

 

人生を積み上げてきて40代に入ってました。普段は合理性とか効率性を考えて、会社経営や仕事に取り組んできた僕が、あの時は、そうした自分の感覚の外に出て、ワクワクすることに、チャレンジするという、ちょっと昔の自分に戻って、取り組み始めたのでした。それくらいロルフィングは、僕にとって「何だこれは?」って感じがしたのです。

 

さて、思い出した知覚の歴史には、おばあちゃんがたくさん出てきていて、子供の頃の僕は、相当のおばあちゃん子だったことを、改めて思い出したのです。生きていくために大切なことは全て、おばあちゃんちで教わっていた。そんな気がしました。

 

 

 

人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ 

 

本当の知恵とは何だろう?

 

人間、どう生きるか、どのようにふるまい、どんな気持で日々を送ればいいか、

本当に知っていなくてはならないことを、わたしは全部残らず幼稚園で教わった。

人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、日曜学校の砂場に埋まっていたのである。

 

人生を見つめ直し、豊かにする感動のメッセージ! 

“フルガム現象"として全米の学校、企業、政界、マスコミで大ブームを起こした珠玉のエッセイ集、決定版!

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鼠の話

最近、新宿や渋谷の繁華街にはネズミが出没しているらしいです。それも半端ない数のネズミの姿が目撃されているようです。ネズミ大襲撃!で閉店に追い込まれたコンビニやパン屋もあるそうです。

 

変わって13世紀のお話です。ハーメルンの町にはネズミが大繁殖し、人々を悩ませていました。ある日、町に笛を持ち、色とりどりの布で作った衣装を着た男が現れ、報酬をくれるなら街を荒らしまわるネズミを退治してみせると持ちかけました。ハーメルンの人々は、男に報酬を約束した。男が笛を吹くと、町じゅうのネズミが男のところに集まってきました。男はそのままヴェーザー川に歩いてゆき、ネズミを残らず溺死させました。しかしネズミ退治が済むと、ハーメルンの人々は笛吹き男との約束を破り、報酬を払いませんでした。

 

約束を破られ怒った笛吹き男は捨て台詞を吐き、いったんハーメルンの街から姿を消しましたが、6月26日の朝に再び現れた。住民が教会にいる間に、笛吹き男が笛を鳴らしながら通りを歩いていくと、家から子供たちが出てきて男のあとをついていったのです。130人の少年少女たちは笛吹き男の後に続いて町の外に出てゆき、市外の山腹にあるほら穴の中に入っていきました。

 

そして穴は内側から岩でふさがれ、笛吹き男も子供たちも、二度と戻ってこなかったのです。これは有名なハーメルンの笛吹き男の話です。

 

 

不思議な話ですが、その後も伝承を重ね残っているのは、このお話には、いくつもの教訓が残されているのだと思います。特に正解とかはありません。あなたは何を思いましたか?感じましたか? 

 

 

 

ネズミ目の仲間、リスやハリネズミは、歓迎されますが、街に生息するドブネズミやクマネズミは歓迎されないですね。

どうしてでしょう。。。教えてグーグル、いやミッキーマウス。

 

(やあ、皆、ミッキーマウスだよ。

  僕はね、一箇所に一人づつしかいないんだよ。だって一箇所にミッキーが二人いたら変じゃないか。)

 

やはり個人化の時代。一人一人のブランディングが必要なんですかね。

エッセンスとリアリティとバーチャルとが混じり合った現代世界でネイチャーはどこへ行くのでしょうか。

体の違和感を大切に。それは自然なことです。

 

そんなことを考えさせられる大襲撃のyoutube映像でした。

 

 

 

 

さてギターの練習曲にこんなのもありましたね。

人間が投影した世界の鼠には色々な在り方がありそうです。

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生きていくためには保険?身体?気持ち?

 

ボディワークなのに、最近、少しメンタルテーマの記述が多い気がしましたので一度まとめてみました。アウェアネスシリーズでは、こんな個性付けしたシリーズも行なっています。(セッションの個性)安定した身体の元にメンタルや自己に関して整理したり、次の動きを見出したりする場を提供しています。

 

シリーズも、と書いたのは、普通にボディワークとして10シリーズも提供しているからです。ロルフィングは本当によく出来た、現状を展開させるプロセスプログラムだと思っています。応用が利きます。

 

応用力というのはなんだと思いますか?応用力というのは、ある体系での理解を他の体系に当てはめて、構成していく。パターンやコンテクスト(つながり)を読み解いていくみたいな感じです。

 

ロルフィング自体もそうですし、ロルフィングで得た身体的な学びや気づきは、きっとあなたのその後の人生に、応用されていくように思います。僕のシリーズではそんなことを考えながら、試行錯誤を繰り返しています。生きている意味、生かされている自分を感じていく為、生きていく人のためのボディワークシリーズです。そう言えばどこかの保険会社で「生きていく為の保険」っていうコマーシャルありましたね。別の保険会社にこんなCMがありましたね。

 

7つ年下の友人はこう云った。「つまり‥テツさんが言いたいのは、人生は気の持ちようということですね。」

「随分とシンプルにまとめたね。気の持ちようではありますが、人間は自分が納得しないと、自分を次に動かさないものです。ずっと葛藤して、時間を費やしていくのです。納得するためには、自分を全部見て、ちゃんと感じていかないと何も決めれずに納得できずに葛藤していくのです。」

 

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満月

 

満月がキレイだよ!

二人の友人から同時にLINEが入った。

書斎から外を覗く。

 

見えないな。

リビングに出る。

やはり見えない。

 

その他の部屋からもやはり見えず、

僕は仕方なく靴を履いて外に出た。

非常階段を登り最上階へ。

 

 

満月、まんまる。

こんな日でも見えるんだね。

満ち満ちて 感謝✨

 

 

人間は太古の昔から、太陽と月を見ながら生きてきたんだ。

最近はビルが高くて、月は目立たない。

だからあえて見ることを意識しないと、スマホの中の方が刺激的でしょう。

 

 

こんな満月を見たのはいつぶりだろう。

昔、書いたことを思い出した。

あった、これだ。 →そよ風  

ちょうど一年ほど前だ。

 

同じ満月を見る。

同じ風景を見ているって大事なことだ。

前にもそんなこと思ったな。 あったあった、→あれは2年前かー。

 

ああ、こうして誰かと共に何かを見ながら、

大人になっていくんだろうな。

いや子供になっていくのか。

 

同じ風景をみていけないと、

風景は自分だけの風景になる。

俺、もしくはWE 何度となく提示しているテーマ。 

 

 

そういえばシュタイナーは42、43歳くらいを一番人間として成熟していると、

親愛なる大阪のMさんは言ってたな。

そしてその後は自分のテーマに還っていく。成熟とはそういうことらしい。

 

 

シュタイナーの7年周期説。第7期(42歳から49歳)「人生後半をどう生きるのか?」

失われてゆく「生命の力」に潔く別れを告げ、新たに生まれた「思考の力」「精神の力」に依って、人生の新しい局面に向き合う時です。差しのべられた手に感謝しつつ、その手につながって進んで行くことが、今大変重要なことです。今こそできないこと、経験のないこと、知らないことをするのです。と解説書には書いてあります。

 

 

テツボディワークスのクライアントは、38歳ー43歳、アラフォー世代がとても多いです。

僕がロルフィングを受けたのもそんな頃でした。

きっと見える世界で、何かが満ちていて、別のものが見たかったんだろうなぁ。

新しい満月?月の裏側?それともまだ見ぬ青い星?

 

 

そんな共時性。

そんな邂逅。

みんな若い。。。

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TOKYO創業ステーション

こんばんは。

暑い日がつづていますね。

 

今日は東京創業ステーションを紹介します。創業したい人も、ちょっと現状を調べたい人も一度足を運んでみるといいと思います。ネットで調べているよりも、はるかに色々なことが分かります。

 

http://www.tokyo-kosha.or.jp/station/

 

 

22年前に僕が創業した時には、こういうのがあったのか分かりませんが、今は創業は歓迎されていますので、色々な補助やサポートあります。企画面、資金面、経営面、人材面など色々相談に乗って頂けます。また業種によっては助成金も多いです。制度としてあるものは、活用したほうがいいですね。イベントや講座も色々やっていますので、是非ご活用ください。

 

自分でも今時の創業サポート受けて、創業もしてみたいのですけどね。。。ロルファー活動を通じて、自分がやるよりも、他人をサポートする楽しみも知ったので、ロルファー活動を増やしていこうかと考えつつあります。とりあえず身体教育の幅を拡げていこうと計画中です。

 

現実は、この暑い夏をどう過ごすか、自分の体調管理やメンテナンスの方が大事なのではないか。楽器やコミュニティ活動が大事なのではないかなど、フリーランス感覚での、ワーク&ライフバランスを、考えながら、自分のキャリアを考えながら、社会的な活動が出来る残りの時間を感じながら、色々なジャンルの人に会う。そんな時間を過ごしています。

 

ロルフィングの必要性

こんばんは。

 

テツボディワークスでは、最近は20代のクライアントも増えてきました。他のロルファーに聞くと、高齢者が増えてきたという人もいるし、色々ですね。ロルフィングも裾野が広くなってきたのでしょうか、あるいはニュートラルであろうとする人が各年代で増えてきたのでしょうか。

 

身体に対する需要は色々なテーマがあります。何かしらの違和感、歪み、ズレを感じられている方。自分でも体を気をつけているが、自分で及ばない部分を含めて、身体的なオーバーホール的に受けられる方。変わらない自分や人生への刺激として。健康寿命を伸ばしたいから。心理的な葛藤を身体統合により突破したい方。色々な理由で受けられる方がいます。体で感じれることは、言葉の理解を超えて、学びや気づきが多いものです。楽で、自由な身体を、自分の為のご活用ください。一人一人の身体の為のボディワークです。

 

 →ロルフィングの必要性

 

 

クラゲ

 

逆さまに見えますが、クラゲはこのポジションがクラゲにとっては普通らしいです。

 

色々な生き物がいますね。

少し変に見えても、その生物にとっては普通のことなのですね。

 

水族館にいると、色々な生き物に出会います。そしてそれぞれの生き様を、そろぞれの時空を過ごしています。

 

暑い夏はまだもう少し続きそうですが、確実に秋が近づいています。少しゆるいルールで生きる、多様な生き物を見て、暑い夏、意識を広くお過ごしくださいませ。

 

なお水族館ですが、都心の水族館は、だいたい2回分の入場料金払うと、年間パスポートが買えるところが多いです。(なんて素晴らしいシステムなんでしょう!) 

都市生活を選ばれた方、都市生活には水族館、必需品ですー。

 

 

 

都市の緑

都心部にいると、明らかに高いビルが増えた気がします。昔は西新宿とか、サンシャイン60とか、東京タワーとか。地震国ニッポンの高層ビルは、たかが知れてました。初めてニューヨークに行ったのは、911テロの前、もう20年以上前ですが、イーストリバーを挟んで見るマンハッタンの高層ビル群の眺めにビックリし、写真を取りながら恐れ慄いたものです。

 

ニューヨークも色々変容を繰り返していますね。その当時はニューヨークのイメージもちょっと危険な香りもしていたのです。「ちょい悪」な感じでしょうか。「ちょい悪」は、ちょっと惹かれてしまう、そんな時代もありましたね。

 

そしてニューヨークの風景でもう1つ驚いたのは、セントラルパークです。この写真の真ん中あたりにある四角い緑地帯、都市公園です。そんな大きさの公園はみたことなかったです。

 

 

参考までに、東京の代々木公園あたりと比較してみると、こんな大きさになります。

 

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セッションの感想 20代・男性

 まず間違いなく大きく変化したのは姿勢です。首がちゃんと据わっています。それに伴い、歩く速度とか様々な動きがなんとなく変わったように感じます。

 

次に視界に入ってくるものの情報量が広範囲に増えました。一点ではなく全体を視野に入れるという感覚が徐々に掴めてきたような気がします。それに伴い仕事の時以外はなるべく眼鏡を外して生活するようになりました。目にとって重要なのは視力ではないと思うようになったからです。

 

自分だけの人生のリズムの刻み方をなんとなく掴めてきたような感じもします。

まず実践したのは部屋にある時計を全て外しました。そうすると部屋の中だけではありますが、外部に侵食されない自分だけの時間・空間を感じるようになりました。朝目覚める時間、夜眠くなる時間なども時計を見なくても、自分の感覚で、一定のタイミングでできるようになってきました。時計なしでもバイトに出かける時間もわかる気がしています。

 

創造性という部分では、これまでは空いた時間は本や音楽で埋めることが多かったのですが、なんとなく考え事をしてる時間が増えたような気がします。

昨日印象的だったのは、借りてきた映画をこれから観ようって時に違うことを考え出し、結局2時間以上、映画を見ずに部屋を歩きまわりながら考え事をしてました。予定不調和な展開でしたが、もしかしたら映画を観るより重要な時間を過ごせたかも知れません。こういった展開は記憶にある限りはじめてです。

 

全体的に日常のモヤモヤが解消されはしめてきた感じがします。これまでは読書、映画鑑賞といった行為に心地よさを感じていましたが、この2日間は自分の思考が塞がれてしまう勿体無さを感じ、部屋にこもって何かをするより散歩でもした方が何かが起こるんではないかと感じるようになりました。ここに書いたことが全て効果かはわかりませんが、生活形態というか価値観がなんとなく変わってきたのは間違いないです。

 

 

職業的な身体からリリース!

ロルフィングを提供するようになって、サロンには色々な業界のクライアントが来られます。かつて関わった業界の方、全く知らない業界の方、セッションの傍、溢れてくる話を聞いているだけでも興味がそそられます。

 

思えば、仕事意識の高い日本、姿勢や身体の癖は、職業で作られる職業病なのではないか。そんな風に思うこともあります。立場や仕事を変わる際は、一度、職業的な身体からリリースしてから次に業界に行った方が違和感なく入れるかもしれませんね。

 

さて、

世の中には色々な仕事があります。僕が生きてきた時代は、コンピュータ業界が発展してきた時代。社会に出るとはコンピュータとの格闘でした。日進月歩の技術革新、プログラミング言語、時代についていくのが大変でした。

 コンピュータの前に座ることは昔は特別な職業の方でしたが、今は、かなりの職業の方がパソコンの前でお仕事されています。パソコンの前だけでなく、タブレットやスマホも、仕事でも使われることも多いのではないでしょうか。

 

僕はソフトウエア業界に始まり、広告業界、教育業界と関わってきましたが、どの業界もパソコンとは切ってもきれない業界、気がつくと仕事はパソコンの前ですすことになりました。制作時代は7台のパソコンを使い分けていたこともありました。そんなわけで、40代に入り、トライしたこのボディワーク業界の仕事ですが、パソコンは使わなくなったのかというと、事務処理やこうしてブログを書いたり、パソコン作業が増えていますね。必要悪ですかねー。

 

 

さてワークアンドライフバランスと叫ばれていますが、なかなか意識は改まりません。その一方で下の世代から、ニュートラルな人々も生まれてきているような気もします。未来の日本は、若い人たちに期待し、僕は僕で、今の仕事に関わっていきたいと思います。

 

 

さて、ボディだけでなくマインドの気づきを含めたアウェアネスシリーズとして一番来て欲しいのは、前回少し前に書いた、

「シュタイナーの7年周期説。第7期(42歳から49歳)「人生後半をどう生きるのか?」失われてゆく「生命の力」に潔く別れを告げ、新たに生まれた「思考の力」「精神の力」に依って、人生の新しい局面に向き合う時です。」

こんな方々ですかね〜。

 

ちょうど人生の折り返し地点、葛藤多き時代です。この時期に、身体をニュートラルにし、しっかりと給水し、人生の後半へ立ち向かう、身体と意識を統合するサポートができると思います。特別な身体活動をしてない人、身体に違和感がない人は、一生に一度のロルフィングお薦めします。

 

さて、同年代の知人たちは、そろそろ社会生活から退き方を模索している人、自分の在り方に葛藤している方が多いです。世代ごとに色々ありますね。決して部分的なことではなく、自分自身、全体的なことですね。人生百年時代、先は長いです。アウェアネスして、自分を次へと進めましょう。

    

 

 

 

豊葦原千五百秋水穂国

「とよあしはらのちいおあきのみずほのくに」と読みます。日本の古来の国の名前で、葦が生い茂って、千年も万年も穀物が豊かにみのる国の意味です。瑞穂国「みずほのくに」の別称としてこういう名前が日本書紀に残されています。

 

日本神話において、この世界は、高天原と黄泉の国の間にあるとされる世界で、葦原中国「アシハラノナカツクニ」と呼ばれます。そして須佐之男命「スサノオノミコト」の子孫または息子である大国主神「オオクニヌシ」,「オホナムチ」が、少名毘古那神「スクナビコナノカミ」と協力して様々な技術の道を教え、葦原中国の国作りを完成させたということになっています。

 

日本国の原風景は、稲穂の実る場所なのですね。僕の記憶の中では伊勢神宮の別院である伊雑宮の裏に広がる磯部の御神田。そして現代的な風景としては、数年前に、新潟へ花火大会を見に出かけた際に見た稲穂の実る風景、日本の原風景を共に出かけたイギリス人が興味深く写真を撮っていたことを思い出します。「稲穂の実るとき、君が好き」。レキシの歌う、いとうせいこうさんの歌詞分かる気がします。(→これです

 

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