現代の錬金術師!?

2014年夏に金沢で見た個展以来のレアンドロ・エルリッヒ展に顔を出してきました。

 

ロルフィングと同じで、なかなか言葉ではわかりません、とにかく体験してみて!という感じです、笑。

 

レアンドロ・エルリッヒは、国際的に活躍するアルゼンチン出身の現代アーティストで、日本では金沢21世紀美術館に恒久設置された《スイミング・プール》の作家としても知られていますね。

大型のインスタレーションから映像まで、エルリッヒの作品は視覚的な錯覚や幻影、音の効果で、想像力に働きかけ、常識に揺さぶりをかけます。今回は、今まで見たことのない映像作品が多かった気がします。

「見る」という行為の曖昧さ、いい加減さ、習慣、既成概念や常識など、無意識に流れている知覚を取り払い、新しい知覚が立ち現われてくることを、身をもって体験させてくれます。現代の錬金術師?ですかね、お勧めします。今回は何と 2018.4.1(日)までやっているそうです。

 

http://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/LeandroErlich2017/index.html

 

六本木ヒルズ、シティビューに久しぶりに行きました。今日は天気も良く遠くまで良く見えました。

 

Once again I fall into my feminine ways

横浜トリエンナーレへ行ってきました。アート三昧の今月です。たくさんアートを見て、色々印象深かったのですが、最後に見たこの作品が、なんとなく今の日本の雰囲気にはフィットするような気がしましたので紹介します。曲が頭から離れません。

 

 

 

ラグナル・キャルタンソン《ザ・ビジターズ》2012……ビデオ9面、64分の映像作品。ヘッドフォンから聞こえる他者の演奏音を頼りに、異なる部屋で一つの曲を奏でようと試みるようすを9つのスクリーンに投影。孤独な作業から生まれるハーモニー。

 

 

 

シュタイナーからの暗示

REBORN FESTIVALでは沢山の気づきがありました。一つ紹介します。

 

今から95年前にシュタイナーはこの言葉を残しています。この言葉には、今までブログで書いてきたことのエッセンスも、ロルフィングや、(特に)クラニオなどで行っていること、流れる身体、動いている意識を作っていることの意味も、大げさにいうのなら、生きていることの意味をも包含しているようにも思えます。私たちが生きているということは、やはり流れている必要がありそうです。固まることは、痛みが生じます。それを痛風と例えたのでしょう。

 

時に人間は、自分の外に出て痛みを感じないようにすることも出来ます。その痛みは固着したまま、自分として生きていきます。必要な痛みは、痛みとして感じる必要があります。感じないようにしたままでは、リピート再生を繰り返します。時間は止まっていきます。ブログでも何度か取り上げてきたテーマです。

 

痛みはあなたのどこかに残り、気がつかない自分の中の歪として内在されていきます。(→SOS

そして意識が目覚めた時にそこに生まれた影に光を当てる旅が始まるのでしょう。見なかったことを見るのは、辛いし、痛いことですが、少しづつ気づくことで、デトックスされ、少しづつ自分自身に戻っていきます。一度にカタルシスではダメで少しづつデトックスがいいみたいです。この辺り日本人の発想と少し合わない西洋生まれのロルフィングです。

 

この辺りは10シリーズを進めていて後半の気づきの中に現れて来ることも多いです。そして身体からのアプローチ、ロルフィングを面白いと思う方とは、10シリーズ後のフェーズを進めていく場合があります。意識と体の間に、まだまだ伸びしろやスペースがある方とは、ポストセッションを進めていくこともあります。

 

 

さて更に興味深いのは、ちょっと気づいたのですが、僕が痛風になったのは、ちょうど娘が生まれる数ヶ月前違いで同時期だったのです。安定に入ることを告げた身体から入った痛い一撃だったのではないか。(現在は痛風の症状はコントロールされ、薬を飲まなくていい状態で安定しています。)ロルファーになってから出会う人になんども言われていることですが、その後ボディワーカーになることになる僕は、元々体の内部感覚に繊細であったのではないかと思えて来ました。原・触感覚とも言える、触れている感じ。プロプリオセプション。それから内臓感覚など、今から思うと体の中から来るメッセージに小さい時から繊細だった気がします。この辺りは、また別の機会に書いてみたいと思います。

 

人はそれぞれ違うもの。違いを受け入れあえるもの。

 

 

人の違いを受け入れて、それぞれの個性を生かし合えば、いい音楽が聞こえてくる。音楽のセッションの良いアドリブは、そんな環境から生まれてきます。

 

アドリブは、ラテン語の「ad libitum」の略であり、「自由に」を意味する音楽用語です。即興演奏・インプロヴィゼーション。とも言われます。

 

いい関係性の基本がアドリブにあると思います。

さて身体表現で見ていきましょう。ご紹介するのはコンタクトインプリヴィゼーションと言います。ちょっと面白いパフォーマンスです。

100%の主張と100%協調、なかなかいいこと言ってますね。ご覧あれ。

民衆を導く自由の女神

好きな絵と聞かれると、この「民衆を導く自由の女神」だと言うことが多い。

ウジェーヌ・ドラクロワによって描かれた絵画で、1830年に起きたフランス7月革命を主題としている。そして描かれている勇敢な女性は、フランス共和国を象徴する女性像、もしくはフランス共和国の擬人化されたイメージであるマリアンヌである。

 

さて、自由の女神像は、ニューヨークのものが有名である。初めてニューヨークに行った時、まず向かったのは自由の女神像だ。自由の女神像は、本家パリのものは、少し小さいものでセーヌ川沿いにある。やはりパリに初めて行った時にまずここへ向かった。実はパリにはもう1体あって、リュクサンブール公園にある。リュクサンブール公園は、すごく素敵な公園で、庭園のあちこちに、合計100以上の彫像がある。

 

そして、我が東京にもお台場に1体、自由の女神のレプリカがあり、フランスが恋しくなると拝みに出かける。レプリカは、ラスベガスのニューヨーク・ニューヨークというホテルにもあり、こちらもラスベガス滞在した際、拝みに行った。もしかしたら自由の女神像は全部制覇しているのかもしれない。と思ったら、青森にもあるらしい。行かないと。

 

こうしてマニアックに極めようてするのをハマリ症というらしい。自分がハマリ症だなんて昨年まで知らなかった。自分のことは自分ではよく分からないものだ。自分の体について分かりたくなったらロルフィングを(笑)体を題材にあなたの無意識と出会えるミステリアスな体験です。

湖畔美術館

 

アボリジニーアート。本国で22万人を動員し大きな成功をおさめたOne Road展が日本で開催されると聞き訪れてきた。アートも面白かったが、この美術展が開かれた市原市湖畔美術館も素敵だった。湖と調和した無機的な建物とオブジェ、レストラン。藤原式揚水機、湖上のオブジェなど、機能的だけでなく、アンバランスな雰囲気の中にも場としての構成を保ち、開かれた空間、落ち着いた雰囲気の、自然と調和したよい美術館だった。都内と違って空いていい。東京駅から一時間半くらい。ちょっとした旅気分にもなれる気分転換にもお薦めの場所です。

 

都市化して東京一都集中などで生み出されてきた社会の在り方と生活やライフスタイルは、心と体の歪みを作り出してきた気がしています。そういう体と心の小さい声を排除して生活していると、自分の力で自分をうまくコントロールできない人が多くなった気がします。


普段ある日常から離れた経験や、新しい在り方、例えばこうした美術館、それからカフェ、自然や生き物、身体性を生かしたイベントや生活体験、楽しさの共有などを核にした地域コミュニテーの復活を核にした場で過ごすことにより、少しづつ是正されていくのではないかと思っています。


我々現代人が病みと共存している現代の社会生活から、人間らしい生活へ向けた静かなる胎動をフォローしつつ、そうした動きへの働きかけにも、これから自覚しながら積極的に参加していきたいと思いました。

ボディアート

TATOO YOU

タトゥーアーティストの大島托とフォトグラファーのケロッピー前田によるアートプロジェクト”縄文族”による展覧会「縄文族 JOMON TRIBE」を見てきた。縄文時代にタトゥーはあったのだろうか?と言う、いまだに答えの出ない太古の謎に実践的に彼らは取り組み、21世紀の日本における身体、太古の文様に秘められた未来のヴィジョン、縄文時代から受け継がれた生命エネルギーを表現したという。

 

会場にご本人がいらしたのでしばしボディ談義。文化における刺青カルチャーの価値や意識の変容、荒川修作や死なない身体などなど。

タトューによって人は生きている現実感に気がつくのだと。80年代以降、サイバーパンク以来描かれた未来にも、人間性の最後の砦はボディにあるんだなと。そして縄文の太古にも通じているのだと大島は言う。

 

人生は、クリエイティビティとアートに満ち溢れている。自分の中の違和感や不安定を手放して、新しい体を手にして、自分自身の人生をいくらでも表現して行って欲しい。ロルフィングで起きる体の変容もいつかアート表現にしてみたくなった、笑。

環境に調和しつつ、個性を発揮する

Jaume Plensa

ジャウマ・プレンサ。

 

彼の作品は、鉄やブロンズ等の素材、発光の存在感、空間におけるフォルムのバランスの美しさ、球や四面体、円柱など簡略化された形態の美しさ、また文字や数字などを作品の表面に彫るなど詩的な側面も持つなどが特徴です。(上は虎ノ門ヒルズに設置されている「ルーツ」、下は、代官山アドレスに設置されているガラスブロックのオブジェ。「7 DEITIES OF GOOD FORTUNES」(七福神)。下部はベンチにもなっていて座れます。日が暮れると内部のネオンにより各々カラフルにライティングされ、我がホームタウンの夜を彩る。

 

環境に調和しつつ、個性を発揮する。しかも自分の詩(コンテクスト)を持っている存在感。彼の作品を見ていると人間のあるべき姿を見ているような気がします。ロルフィングでは、このことを体で行っています。周囲の空間と調和しつつ、自分の個性を持った体や動きに体を再構築していくのです。

 

オラファー・エリアソンの料理

ベルリンにある4階建て3万平方メートルの巨大な工場跡地を改装したオラファー・エリアソンのスタジオ。その1階にある、スタッフの食事をつくるためのキッチンは、今や、有名シェフや著名アーティストも訪れる、食を通した社交の場となっている。そんな日々の食卓をドキュメントし、レシピを添えて紹介したアートブック『ザ・キッチン』が出ています。

エリアソンって、自然光を使って虹とかテンポラリーな彫刻を作る人なんだけど、(いつか触れた金沢の美術館にもありますね。)スタジオで作る料理めっちゃおいしそう!

自然を自分に取り入れる一番簡単なのは、自然な光と自然な食べ物なのかなー。

自分との自然との繋がりが感じられます。