内気な僕と、踊るファンキー大魔神 2

その象のような生き物はじっと僕を見ていた。

 

その目は何も言えずにいる僕をずっと見ていた。その目に見つめられると、一切の身動きが取れない。そんな目だ。目が僕を支配する。何もできない。そして頭の中では、頭が操作されている気がした。どこだろう大脳辺縁系あたりがロックされている感じがする。

 

大脳辺縁系は、人間の脳で情動の表出を司る。意欲、そして記憶や自律神経活動に関与しているいくつかの部位の全体を指している。主に生命維持や本能行動、情動行動に関与する。 海馬と扁桃体はそれぞれ記憶の形成と情動の発現に大きな役割を果たしている。ここをロックされているということは、僕は何もできない。つまり「命」と「意識」を押さえつけられてしまったということだろうか。辺縁、つまりエッジだ。

 

人生で初めての危機。目に見つめられ、僕はこの状況を理解できずに、僕はただ、その目を見つめさせられながら、呆然としていた。そして不思議なことに、僕は自分自身を振り返えさせられていく。

 

頭の中で走馬灯のような振り返えりが始まった。

 

そういえばずっと忙しかった。現実に対応することでいっぱいいっぱいだった。動いてばっかりだった。このサロンを開いてから毎日押し寄せるクライアント。プロモーションがうまく行きすぎた。この一年間でどれだけセッションをしたのだろう。気がつかなかったけどヘトヘトだな。

 

思えば、僕はずっと動きっぱなしだった。でも昔から動くのが好きだった。

不思議な国のアリスのウサギのようにいつもせかせか動いていた。思考でも、行動でも、なんでも動いているのが好きだった。

動いていると現実が整って行くのだ。出来るのが楽しい。いつも何かを考え、何か動き、そして現実が流れていく。そんなやり方が僕らしいと思っていた。動き出すと止まらない。

 

動くことは楽しい。そして気持ちいい。

動き続けていると、時にどこかでちょっと辻褄が合わなくなる。整合性が取れなくなる。現実にはそんなことも多いだろう。

現実にブレーキがかかる。でも「止まりたくない。」「動き続けたい。」。僕は普通の人よりその気持ちがちょっとだけ強かったのかもしれない。それは、僕が現在サラリーマンではなく、独立し、会社を経営していたからかもしれない。

立ち止まることなんて考えたことがなかった。前に進んでいくのが人生だと当たり前のように思っていた。

次に動いていかないといけない。仕事では次の企画を作らないといけない。

 

会社を初めて会社が安定してきた頃。忙しくなってきた。頭を動かしていた。頭がぐるぐる動いて仕事が楽しかった。

仕事の合間には、テニスをした。テニスを通じて、たくさん友人ができた。楽しかった。

でもものすごく忙しくなるとテニスをしなくなっていた。

忙しい中、新しいアイデアも出なくなってきた。頭が止まってきた。

思い出したように体を動かし始めた。最初は水泳に始まり、そしてテニスを復活した。テニスサークルも作った。体を動かすと不思議と企画の新しいアイデアも湧いてきた。仕事も周り出す。やっぱり僕はこのスタイルが大事だ。動きながら考える。これが自分のサクセスストーリーだと思ってた。

 

そんなときにサルサと出会う。動くことにリズムがかかり、ダンスが加わった。ペアダンスの楽しさとラテンのリズムの魔力にハマり、サルサにのめり込んだ。サルサの社会人サークルを作り、ルエダのチームを作り、コーラーもやった。体を動かすのが気持ちよかった。ラテンのリズムは気持ちよかった。毎日毎日サルサを聞いていたら頭の中にいつもサルサが流れ出した。仕事も順調だった。

 

ノンストップな気持ち良さはサルサだけに満足できず、その勢いでダンス系エクササイズを広げて行く。バランスを取るように、コンディション系エクササイズ(ヨガやピラティスも取り出し)などをし始める。やっぱり動くのは楽しい。徐々にハマりだし、気がつくとスポーツクラブに毎日行くようになった。

 

ノンストップの快適に体の髄まで染み付いていたあの頃。何かが狂いはじめていた。

 

今、この場所で、僕は、あの目に見つめられて、立ち止まることを余儀なくされていた。

動けない。立ち止まる恐怖。でも恐怖すら表現できない今の現実。走馬灯のように。

 

え❗走馬灯??

走馬灯のようにこれまでを振り返るってよく聞く話だ。

僕は死に始めてる‼

ヤバい😱💧

それでも走馬灯のような振り返りが頭の中で続いていた。

 

 

 

お前、何が欲しいんだ。

頭の中で声が響いた。

 

(続く。)