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体に眠る物語

我々は、自分という物語を、日々無意識的に演じています。それは時に無意識的に上書きされていたりもしますが、基本着実に遂行されていきます。

さて、自分の物語がある方が安心、安定しますが、時に物語によっては自分を苦しめていくものもあります。そんな時は勇気を出して、自分の物語、自分で書き換えることもできます。

物語は基本シンプルで明るいものが楽ですね。

 

さてもう1つ物語以外に我々はもう1つの安定装置というか感覚の記憶のようなものがあります。それは感覚的なイメージです。例えば「暑い夏にプールサイドで涼しい風が吹いて気持ちよかった」とか、「おばあちゃん家の窓から見えた夕焼けが大きくてとてもキレイだった」とか「海岸通りの朝市の露店で、ホタテの焼けた匂いが忘れられない」とか、「初めて海で泳いだ時の海の水の冷たさと、流されていく体感」とか。小さな頃に、身体と感覚を使って自然から感じ取った感覚的な体感は、その人をサポートしていく身体レベルの物語、のようなものです。 

 

この至極単純なイメージが、「自分という物語」の大きなサポートになっていくのです。想念が築いてきた無意識下した物語よりも、感覚的に築いていきた断片化した物語の方が、実はどこかで自分を安心、安定、救っているようなことさえあります。

 

自分の本質に繋がっていく感覚だってことかもしれませんね。身体と出会っていくと、そんな自分を助けてくれてきた大切な身体イメージと出会うことあります。