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知覚力の大切さ

情報化社会になり、パソコンやスマホの生活になり、言葉やイメージのシャワーのような環境が当たり前になりました。

 

こうした環境での生活は人類史上初めてのことで、人間の身体にとって、どれだけ影響を与えるのかは、実のところ分かりません。

 

体の立場からすると、もう少し使ってくれ〜と思っているかも知れませんが、我々、つまり意識、頭は、スマホやパソコンからの情報をこれでもか!というくらい、目から取り入れています。

 

様々な病気と言えないような、違和感や、心身症的なアンバランスは、こうした電子機器病?ととも思えるくらいに我々の生活、そして仕事環境に入り込んでいます。

 

知覚力の向上と書きましたが、どちらかというと、知覚力の劣化している現代、劣化分を取り戻す、そんな発想が、メンタルの健全性や、自分の生活や人生という主体性に繋がります。

 

それくらい、本来身体の感覚というのは大事なことなんだと思います。我々は、意識のみならず身体的な存在でもあることを時に思い出して欲しいと思います。

 

便利や効率化、時短、忙しい生活の裏には、身体性を犠牲にしている、そんな発想も、できるのだと思います。

 

10シリーズはこれまで、スポーツを極める人や、一部アスリートの為のセッションでしたが、これからは、自分の身体を取り戻す、そんなセッションにもなり得ると、僕は思っています。

 

知覚力という入り口を持つことにより、身体の健全性、精神の健全性に出会うことになるので、人間にとって大事なものだと僕は思います。世界を感じるという感覚、物事を知覚するには、その知覚がなければわからない、感じれないからです。

 

感じれないものは、理解も出来ませんし、出会えないということです。社会や世界に対して、知覚を発揮するほとんどは、意識的なものではなく、身体性でしかないのかも知れません。既存社会の常識やルールでなく、新しい世界に、自分の知覚力で出会うためにも、自分の知覚の解放をお薦めしたい、僕はそう思っています。

 

昔から、身体で覚える。という発想はありました。ニュートラルな発想、今の自分を、身体で感じて、身体で思い出してみてください。特に中年期にかかってきた方、お勧めいたします。僕自身がそうでしたから。

 

自分自身に戻る。

知覚力を取り戻して。

身体を取り戻して。

 

何才からでも知覚は変わります。