
人間性回復運動(Human Potential Movement)は、1960年代のアメリカ、主に心理学分野で起こったムーブメントです。「幸福」「創造性」「自己実現」といった人間の「人間性」や「潜在能力」を回復させ、発展させることを目指していました。
この運動の時代背景には、アブラハム・マズローが心理学の「第三勢力」と位置づけた人間性心理学の隆盛がありました。エンカウンターグループやゲシュタルト心理学などを通して、俗に「第四勢力」と呼ばれるトランスパーソナル心理学へと繋がる基盤を形成したのです。
人間の可能性を開こうとしたこの運動は、その過程でドラッグ・カルチャーやヒッピー、ニヒリスティックなカウンターカルチャーの基盤ともなりました。
ロルフィングは人間性回復運動以前から存在していましたが、1960年代に入り、身体的な可能性を研究していたエサレン研究所で、創始者のアイダ・ロルフは同時代の先駆者たちと幅広く交流しました。看護師、ダンサー、ゲシュタルト療法などの経験を持ち、アイダの教えを受けた人々は、独自のSomatic Education(感覚運動系の教育)を10シリーズとは別に構築し、ロルフムーブメントを誕生させました。
ロルフィングの話に移ると、1980年代以降、クラニオセイクラルなどのモティリティワークや内臓ワークを取り入れるロルファーが現れ、現在のロルフィングのスタイルが形成されていきました。(施術者によってタッチが異なるのは、どのツールを使うロルファーかによるものです。)ロルフ研究所は1972年にコロラド州ボールダーに設立され、現在に至ります。当初、アイダ・ロルフは心理や医療を含めた展開を構想し、ロルフィングの3つの拠点の展開をRIに託したようですが、現在のところボールダーのみでの展開となっています。人間性回復運動は、ロルフィングにも大きな影響を与えていると言えるでしょう。
さて、人間性回復運動はその後、時代の表舞台からは姿を消しましたが、いわばアンダーグラウンドで形を変え、時代に大きな影響を与えてきたと言えます。現代は、見た目優先の社会であり、オーディオビジュアル、ゲーム、パソコン、インターネット、スマートフォンといったカルチャーが広がり、人間を視覚的な価値観へと限定していく傾向があります。
一方、人間性回復運動で開発された手法やツールは、人間性開発を目指す一方で、修行や超常体験、自己啓発を謳うカルト的な宗教やドラッグカルチャーの蔓延といった側面も内包しつつ、私たちに人間性のあり方を模索するきっかけを与え、ストレス社会へのカンフル剤としての役割を問い続けられています。
人間の在り方が問われる現代において、全体性の回復を目指すニュートラルな動きは、閉塞的な管理社会で生きづらさを感じる人々が増える中、今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。