打楽器奏者として、またマリンバを教える立場として、長年楽器と向き合ってきました。しかし、演奏中の無理な姿勢が積み重なった結果、私の肘は深刻な痛みを抱えていました。 その痛みは、手術を検討しなければならないほどに悪化し、日常生活にも影を落としていました。マッサージや治療院を巡っても、「その場しのぎ」の感覚からは抜け出せない。自分の身体を楽器として鳴らすことに限界を感じ、藁にもすがる思いでロルフィングの門を叩いたのです。
ロルフィングの10シリーズは、私にとって、自分が主人公の「サスペンスドラマ」を読み解いていくような、スリリングで知的な体験でした。 特に衝撃的だったのは、シリーズ後半のセッションです。長年、右胸の奥に居座っていた「痛み」の正体に触れた瞬間、それは霧が晴れるように消えていきました。強く押されるわけでもない、微細なアプローチ。なのに、そこから全身へと変化が波紋のように広がっていく。左足を触られているはずなのに右足が軽くなったり、手がふっと自由になったり。自分の身体でありながら、私が全く知らなかった「繋がり」が、次々と目覚めていくのが分かりました。
セッションを通じて、私の中の「身体の画素数」が劇的に増えたような気がしています。 これまでバラバラのパーツだった関節たちが、吉田さんの「手首、肘、肩関節のアンサンブル」という言葉とともに、一つの有機的なネットワークとして繋がり始めました。 筋膜という全身に張り巡らされた網が、楽器の弦のように振動を伝え合う。その実感を伴う理解は、単に痛みが消えたこと以上の価値を私にもたらしました。失っていた子供の頃の瑞々しい感性を取り戻し、自分自身をより深く、鮮やかに感じられるようになったのです。
【日常に持ち帰ったもの:生活や関係性の変化】
変化は、私の音楽活動のすべてに浸透していきました。 今、私は生徒たちに、楽器を奏でる喜びや身体の使い方を、以前よりもずっとストレートに、確信を持って伝えられています。楽器の高さ一つをとっても、自分の身体がどう響きたいかを基準に選べるようになりました。 また、聴覚や知覚が驚くほど敏感になりました。声や物音がクリアに聞こえ、今まで気づかなかった色彩や音の重なりに目がいく。シンセサイザーの音作りでも、以前は拾えなかった微細な音を捉えられるようになっています。音楽を通じて自分を表現することに、揺るぎない自信が持てるようになったのです。
【プラクティショナーへの信頼:場の安心感と吉田氏の在り方】
吉田さんは、身体の感覚と「気づき」を結びつけ、頭で考えていたことをストンと腑に落としてくれる魔法のようなガイドです。 専門的な測定器を使わずとも、ただ見ているだけで私の身体の癖や可能性を見抜いてしまう観察眼には、毎回驚かされました。演奏家という私の背景を尊重し、イメージしやすい言葉で導いてくれる誠実な対話の場があったからこそ、私は安心して自分の創造性を開拓することができました。
人生に対して開かれたこの身体で、私はこれから、もっと自由に新しい音を紡いでいけると確信しています。,,
