身体を覆っていた「卵の殻」が割れ、私は私を生き直す。

【プロローグ:訪れたきっかけと違和感】

 

 

表現活動を続けていく中で、私はどこか自分の身体を「道具」のように扱い、信頼しきれずにいました。かつての複雑骨折の影響で、左膝は思うように動かず、無意識にその部位をかばいながら生きる。そんな不自由さが当たり前になっていたのです。 当時の私の身体感覚は、まるで薄い「紙」のような2次元の存在でした。自分の背後にある空間には無関心で、ただ目の前の世界を平面として捉えているような、どこか「自分を失ったまま大人になってしまった」という、言葉にできない空虚な違和感を抱えていたのです。

 

【セッション中の微細な変容:感覚の目覚め】

 

ワークの中で、これまでにない不思議な感覚が次々と訪れました。あるセッションでは、自分の身体が「卵の殻」に包まれているような感覚を覚え、その殻を内側から破ろうとする強い圧力を感じたこともありました。 また、複雑骨折で動かなくなっていた左膝を曲げ伸ばししたとき、自分でも聞いたことのない音が鳴り、眠っていた機能が再び動き出す「本物の手応え」に衝撃を受けました。身体の深部に触れられるたび、知覚の解像度が上がり、世界がまるで魚眼レンズを覗いたような圧倒的な広がりを持って迫ってくる。それは、身体の内側から外側まで、隅々まで知覚が染み渡っていくような、震えるほど豊かな時間でした。

 

【気づきの核心:身体知覚の変化と人生のリンク】

最も劇的だったのは、シリーズの最終盤、第10セッションでの出来事です。 胸の奥に詰まっていた「何か」が、小さな黒い竜のようなイメージとなって身体の外へと抜けていくビジョンを見ました。それは、長年私を守り、同時に縛り付けていた象徴的な存在だったのかもしれません。 その瞬間、それまで2次元だった私の身体は、確かな厚みを持った「立体(3D)」へと変容しました。180度だった視界が360度へと広がり、自分の背後にある空間さえも自分の一部として感じられる。失っていた「身体を動かす主体性」を取り戻したこの感覚は、私が自己表現を通じてずっと探し求めていた「自分らしさ」そのものでした。

 

【日常に持ち帰ったもの:生活や関係性の変化】

 

 

セッションを終えた今、自分の足で歩くことが毎日の楽しみになりました。左足をかばう必要はなく、身体が「やればできるじゃん!」と応えてくれる。かつての不具合さえも、自分の愛おしい特徴として受け入れられるようになりました。 仕事面でも、以前よりずっとハードに動いているはずなのに、不思議と疲れにくくなっています。何より、人生に対しての「開かれた気持ち」が強くなりました。シリーズを終えた直後、奇跡のように新しい命を授かったことも、身体と心がニュートラルに整い、豊かに循環し始めたひとつの証のように感じています。

 

 

【プラクティショナーへの信頼:場の安心感と吉田氏の在り方】

 

 

TETSUさんは、単に身体を整える人ではなく、その存在そのものが深い癒しを感じさせてくれる方でした。私の言葉にできない変化や、時には涙となって溢れ出す感情を、ただ静かに、根気強く「目撃」してくれる。 彼の放つ柔和でアクティブな空気感は、私の内面にある凹凸をなだらかにし、自分でも気づいていなかった「潜在的な力」をそっと引き出してくれました。セッションを通じて彼と時間を共有することは、新しいインスピレーションの源であり、自分という個性を再確認するための大切な儀式でもありました。

 

 

 

 

 

 

 

今、私は自分の身体の隅々までを愛し、新しい世界を自由に描き始めています。