自分という映画を見ている

 

人は、自分という映画の主人公をしています。ハラハラ、ワクワク、ドキドキして、その映画を見ています。

 

もしあまりに辛くなったら、映画館から出てもいい。あなたには歩いて映画館から出るとも出来る。ということをまず知っていた方がいいと思います。

 

見る映画は自由なのだけど、自分で見たい映画を見てなくて辛くなる人も多いと思います。もしかしたら身体症状になって痛みや違和感として出ているかもしれません。或いは自分の心や体の声に耳を貸さずに、映画の中の物語の中であなたは頑張っているかもしれません。

 

頑張ることはいいことですが、もし身体症状になっていたら、あなたの心と体は、信号を送っています。現状から変わりたいという信号です。

 

変わるとはどういうことか、変わったことのない人には、なかなかわからないものです。外の変化に対応することには日本人は比較的慣れています。でも中の変化に気がつくこと、対応することには慣れてません。

 

最近の言葉でいうとレジリエンスが言われる通り、打たれ弱い心、傷つきやすい心が増えています。共感されたり、癒しを求めたりするのは悪いことではないけれど、繰り返しになってしまうことが多いと思います。

 

レジリエンスの力を高めて行くこと。これも大事ですが、もう1つ、自分を突き詰めていくこと、自分を全部理解していくことも同様に大事だと思います。自分の行なっている膨大な無意識なこと、見なかったことにぜずに、自分を全部気付いて行くことは、自分を自然状態、ニュートラルに戻す最短の方法だと思います。

自分をニュートラルにすると生きやすいし、楽だし、自由になっていきます。

 

多分その2つの方法の接点が、あなたにとっての、「今ここ」に生きているグランディングポイント(着地点)だと思います。その上で自分が見たい映画を見に行けば良いのだと思います。自分の気持ちと自分の立ち位置、目で見える現実が一致している、その楽しさを是非感じて欲しいと思います。

あなたの人生の主人公は、他の誰でもなく、あたな自身です。