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何事も理由がある

古い記憶が出てきた。

 

「僕らが旅に出る理由」。意味もなく長い旅に出た後だった僕は、そうそうそうだなって、この曲に共感し、好きになった。サンプリングによる快適な音楽と、詩的表現が満載の歌詞、何度も歌った記憶がある。

 

この曲が街に流れていた頃、Mr.Childrenの「名もなき詩」が初動でミリオンセラーだと誰かの声がする。バーのアイスクリームを食べている。額に汗が滴る。向かい合った友人の眼差し。声。ラックの形。窓から差し込む光。手書きのメッセージ。

 

時にウインドウズ95が出る前の世界。スマホどころか、パソコンがまだそれほど一般的でない時代。その後の世代には想像もつかない現実感でしょうね、笑。

 

個人的な文脈で申し訳ないですが、鮮明な情景記憶が残る時代の一つです。こうして頭の中には、ランダムに記憶の繋がりが残っています。人の顔、音、風景、歌詞、体感、質感、言葉、イメージ、食べ物、感情、など雑多なものが繋がりを持って記憶の中に残っていますね。

 

多分どんな人にも、こうしたコンテクストの記憶がたくさんあり、そのコンテクストは、無意識化して、自分を構成する要素として存在して、潜在的に経験として今に繋がっている。時間が流れ、大切な記憶を思い出すことは時に、素晴らしいセラピーとなり得ることがあります。肩こり解消よりもずっと。

 

そして、今ここに、何かしらの葛藤が、無意識下にある場合、或いは意識化、身体化してきている場合、その突破口が隠れていることも多々ありますね。過去が今を助けてくれる。そんな場面に沢山立ち会ってきました。ある種の精神的な症候群や障害では、自分を止めて、自分の人生を歩まないことを自分としています。何故自分の人生を歩まなくなるのかは、その理由は学者の先生にお任せしますが、人生のキーになるようなコンテクストの記憶を取り戻すということを続けていくと、やがて自分を動かし、自分の人生を歩んでいく、或いは新しい物語を歩み出し、自分の今を再発見することができます。

 

何事も理由がある、理由を創造することが出来る。

納得できることは健康な自然の働きですね。

 

  

懐かしのこの曲を、新しいバージョンで。