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エレファント

 

さて、Regenerationの中で、象徴的に描いたゾウですが、何度かでてきます。

 

インドの神話では、ゾウは世界を支える存在として描かれます。ヒンドゥー教には、ゾウの頭を持つガネーシャと呼ばれる神様います。仏教では歓喜天に当たり、シヴァ神の長男で富と繁栄の神様とされますね。東南アジアでも白いゾウは、神聖視されました。釈迦は白象の姿で母胎に入ったといわれていますし、普賢菩薩の乗る霊獣として描かれるます。

また生物学的に見るとゾウは4000グラムの脳をもち人間より重いのです。ただし人間とは構成が違います。人間は大脳皮質が巨大です。ゾウの脳は別のバランスで構成されています。バランスでいうと、人間だと、女性より男性の方が少し脳が大きいのですが、その大きい分、少し無駄なことを考えたり、余計なことを行ったりするようです。

 

映画の話に戻ると、映画の中で出てくるのは以下の7つのシーンです。

 

1横顔(プロフィール)のシーンでゆっくり歩くことを象に例えるナレーション。

2タイで象に乗った写真。

3そして現実への対処がうまくできなくなった時(意識に)現れた黒い象。

4黒い象が連れて行った夢の世界で出会った白い象。

5帰りに魔法使いに貰った小さい白い象のフィギア。

6僕が来てた黒い象のTシャツ。

7実際の象の置物の歩みと横顔。

 

ゾウという切り口で、物語を読み解くと、表現力が足りてませんが、こんな感じになります。(物語1)

 

娘が誕生して以来、自分のペースを超えるリズムで僕は生き始め、それを自分だと思い込んでいた。半分は娘が生まれたこと、もう半分は父の死によってその僕は作られた。そのペースで僕は運用された、結果的にいうと、そのリズムで仕事はうまくいきだし、父という役割、夫という役割、経営者という役割を楽しんだ。前に進むことの楽しさの中に行きていった。そして15年が過ぎ、親たちの異変と介護の中、僕のリズムに変調がでて、僕を立ち止まらせた。僕は、再構築され、元の自分のリズムに戻っていった。その19年間の歴史を影から支えていたのは、ゾウに例えられた身体知性、ホメオタシスであり、その切り替えをやったのは、僕がイールドした時に、現れたゾウの登場シーンでバックで流れているゆったりしたリズムは、クラニオセイクラルリズムです。

 

気がつけば19年時間が過ぎていた。(なんか浦島太郎のような話です)、赤ちゃんだった娘は大学生になり、ベビーベッドは車になった。高い高いで喜んでいた彼女は、対話できる存在となった。現実に残されたのは白い小ゾウのみ。その歩みを眺めながら僕はまた自分のペースで歩みだす。区変わらないもの、変わりゆく風景を眺める僕が、気づき、歩き始める。ところで映画は終わります。僕が歩いていく方向と、逆に自転車に乗ったお母さんと子供が走っていきます。(どこの家庭もそんなもんでしょう?笑)