渋谷さしさから見た渋谷の歴史

こんばんは。早起きしたので近所の大学で「渋谷さしさから見た渋谷の歴史」という講義を聞いてきました。

 

渋谷は、盛り場としての渋谷というのと、住み良き住宅地の渋谷という二つの面を共存させる住民意識があって、そこに、近年、多様的な価値を受け入れる渋谷というのが加わりました。更に副都心としての情報コンテンツ発信場所としての渋谷というのが80年代ー90年代にあり(まずカルチャーで始めり、音楽で形が出来(渋谷系)、そしてIT、情報産業(ビットバレー)にと成熟しました。

それが今、再構築中ということで、情報コンテンツ提供企業の本社が渋谷に戻りつつあるというのが、2019年の渋谷です。東京オリンピックで花開いた文化的な聖地としての渋谷は、2020年、オリンピックを経て再度花開くでしょうか、今年来年の渋谷の変化をみていたいと思います。時節に乗るという側面は確かにありますね。渋谷は街としてそうした気風が歴史的にもあったということがよく分かりました。(渋谷は変化が激しいので、この掲載した著作権フリーの写真の渋谷も、ちょっと今の渋谷でもない気がしますね。)

 

 

さてこうして文字で書くと、分かるような分からないような、でも多元的で、複合的な個性的な存在のような気もします。もはや副都心のらしさというのは、情報的にも、イメージ的にも、そこに集う人間的にも、国際的にも、或いは仕事でも、生活でも、何か様々な個性化されたマルチな個性がないと、街として吸引力を維持できないのでしょうね。人間も活性化して生きていくには、同じようなマルチな個性化された在り方みたいな負荷がかかっているのでしょうかね。

 

 

学びは色々ありました。渋谷区は3つの地区から構成されていること。渋谷の人口は日露戦争後に急増したこと。人口が急増したことにより対立が生まれてきたこと。対立から新しい在り方が提示され、協力し、未来を見据えたその在り方の提示してきたこと、新しい投資を行い、町の次の個性を作っていったこと。時代の空気感を常に取り入れて、変革していること。その中でも住みよい暮らし、文化的な暮らしを志向してきたこと。住民だけでなく、外来の人たちの為の場、(最初は目黒区世田谷区と共存する渋谷、のちに東京広域圏の中の渋谷、そして全国区の渋谷、今は国際文化都市としての渋谷でしょうかね)をいつも考えていること。

 

なかなか個人の個性作りと似ている部分があり、面白かったです。構造的、機能的、エネルギー的(流れ)、発展(発達、成長)、歴史、精神の蓄積、個性を育てていく上での基本形は、街作りでも、人間でも同じような過程があるのですね。タイトルの渋谷を自分に差し替えてみると、「自分らしさからみた自分の歴史」、自分らしい動きを自分に統合していくと、気付きや自分の全体像が見えてくる、統合的な体現(自己覚醒)がセッションで起こることがあるのが腑に落ちます。歴史的検証は30年位しないと分からないそうです。そろそろ90年代の検証が始まっていいのでしょうね。90年代に社会にで始めた方とか、気づきが大きいかも知れませんよ。今は社会と調和して自分らしくあれる時代になり、サポートも色々受けられる時代になりました。魂の替え時かも知れません。