TIC(トラウマインフォームドケア)の「安全な繋がり」という叡智を対人関係の微細な領域にまで浸透させ、相手を侵食せず己のシステムも守り抜く「適切な距離感」の設計を通じて、何ものにも代えがたい非代替的な個としての在り方を追求します。
社会封鎖下のコミセンで出会った、効率とは無縁の「余計なおせっかい」。デジタルの速さから零れ落ちた「昭和的な距離感」に身を浸し、おばあちゃん子のOSを再起動させることで、私は失われゆく身体の温もりを現代に繋ぐ旅人(ハーン)となりました。
PCと身体の偏りの中で生きてきた私が、社会封鎖下のコミュニティセンターで出会ったのは、効率とは無縁の「余計なおせっかい」や喫茶店のマスターとの会話が織りなす昭和的な距離感でした。 視点: 非デジタルな事務作業の違和感を通り抜け、眠っていた「おばあちゃん子」のOSを再起動させることで、デジタルとアナログ、過去と現代を繋ぐ独自のレジリエンス(回復力)を体現します。
孤独な海へ放じたボトルメールを9年後にTICという港で回収し、個々の世界線を尊重しながら名前を呼び合える「場」を設計するプロセス。それは過去の自分と今の社会を和解させ、共に未来へ漕ぎ出すための魂のキャリブレーションです。
2024年、土の世界で知った「生み出す仕事」の尊さと、収穫がもたらす全員の笑顔。IT刷新という泥臭い現場も、農業と同じく「土壌を整え、実りを待つ」営みであると捉え、静かな情熱をもって社会のアップデートに挑みます。
