プロフィールでも触れているし、一度くらい選手村の様子を語ってもいい気がしました。今回、少し書いてみようと思います。
その場所は、 世界中から人が集まっているのに、誰もが見えない何かと隣り合わせだった。
180カ国の選手たちが、同じ屋根の下にいる。それなのに、笑い声も、抱擁も、どこか膜を一枚挟んだようだった。コロナ禍の東京オリンピック選手村は、そういう場所だった。
そんな空間の中で、ふと問いが皮膚から湧いてきた。
自分は、なぜここにいるのか。
頭で考えた問いではなかった。理由を探す前に、もう身体が問うていた。
選手村にチェックインしたとき、空気はどこかヴェールに包まれていた。
2021年の7月。コロナ禍のただ中、東京オリンピックは静かに、しかし確かな熱量をもって動き始めていた。私はマスクをつけ、ヘルスケアスタッフの一員として、選手とオリンピック協会を繋ぐ役割でその場にいた。
目に見えない圧があった。誰もが何かを抑えているような、息をひそめているような感覚。それでも、ヴェールを感じながら、ヴェールをそっと脱いで、私は身体で場を読もうとしていた。
180カ国の選手たちが、そこにいた。
言葉の洪水の中で
あの場所では、言葉がひっきりなしに流れ込んできた。
日本語で、英語で。
日本政府からの通達、医療関係者のガイドライン、ロルファーとしてアメリカから届く協会の案内、オリンピック委員会の指示、地域社会の声、知人の心配、家族の言葉。
一体どれほどの言葉と、あの夏に出会っただろう。
言葉はどれも正しく、どれも切実だった。でも同時に、言葉だけでは届かない何かが、あの空間には満ちていた。
なぜそこへ行ったのか
「なぜそんな危険な場所に行くの?」と、何人にも聞かれた。
答えるたびに、自分でも少し驚いた。理由が、うまく言葉にならなかったから。リスクの計算でも、使命感でもなく、もっと手前にある、静かな確信のようなものだった。
非代替な自分に戻るために。
替えのきかない、唯一の自分でいるために。
それしか、言えなかった。
身体は、言葉より先に知っている
トラウマケアの世界に「凍りつき(Freeze)」という言葉がある。強い衝撃を受けたとき、脳が止まっても、身体はその衝撃を逃がしきれないまま抱え込む、という状態だ。
あの夏の選手村でも、私はそれに似た何かを感じた。言葉が追いつかない現実を、身体がひとつひとつ受け取っていた。マスク越しの表情、廊下ですれ違う足音、空気の重さ。筋肉が、皮膚が、呼吸が——何かをアーカイブしていた。
「なぜ?」と問う前に、身体はもう、答えを知っている。そう感じた瞬間が、あの夏には何度もあった。
委ねることで、戻ってくるもの
選手村を出て、ふつうの街に戻ったとき、まず感じたのは重力だった。
地面の感触、風のにおい、誰にも見られていない静けさ。意識するより先に、身体がほうっとため息をついた。「ここは安全だ」と、頭ではなく、皮膚が判断したような感覚。
ロルフィングのセッションで大切にしているイールド(Yield)——重力や大地に身体をそっと預けること——は、あの帰り道の感覚にとても近い。努力して理解しようとするのではなく、ただ委ねる。するとどこかが、ほどけてくる。
自己理解は、頑張って掴むものではなく、身体が落ち着いたあとに、静かにやってくるものだと思っている。
砂浜でも、石の上でも、土の感触でも——どこでもいい。
まず、身体に聞いてみてください。「今、ここは安全?」と。言葉より先に、身体はちゃんと知っています。
自然の中で、役割を脱いだ先に、替えのきかないあなたがいる。
この曲を作った頃でした。
自分の中に、安全な場所を作るために。
