子供の頃、毎年見る夢がいくつかあった。毎年繰り返し見るから何か意味があるのかなと思っていました。小学生時代毎年同じ夢をみていて、中学1、2年を最後に見なくなった。しかし毎年見ていたので鮮明に覚えています。一つ紹介します。

 

小学生の自分がくつろいでいる。ある時、急に体が大きくなり服は張ちきれて巨人になる夢。その体が巨大化して行く場面が何度もなんども体感を伴って繰り返されていく。

大きくなってみんなから注目されて、恥ずかしがっている。目立たない場所にいたいのにこんな大きな体ではどこに行っても目立ってしまう。そんな居場所がない夢です。

 

映像をみているのではなくて、自分が夢の中の登場人物で、体感が伴っていることが特徴的です。通常見る夢は、客観視スタイルで、そうした場面や映像を見るような感じで眺めている夢が多いのです。しかしその夢は、客観視スタイルでみている自分もいつつ、巨大化していく体感もあるのです。今にして思うと、例えて見ると、デビルマンになったような変身シーンです。そんな夢をみてた僕は、無意識にデビルマンがいて、悪の結社を裏切って平和と正義のヒーローでありたい自分が無意識にあったような、笑。でもヒーローになりきれずってところでしょうか、笑。

 

夢の解釈には色々あります。正夢とか、逆夢とか、予知夢とか、また事象に意味づけした解釈などなど。僕が思うのは、脳にとっては、夜見る夢も、現実に思い描くいわゆる夢も同じような感じなのではないかと。現実とか常識とかいう意識に捉われなければ無意識下の潜在能力が現実化してきます。無意識という広大なエリアに浮かぶ意識という小さな枠が我々の認識する現実ですから、意識と無意識の境界線がなくなって無意識になれれば、人間の潜在能力が意識、現実に現れてくる、そんな具合です。潜在能力は、自分が知っている浅いエリアのものもあるし、もっと深いエリアのものもあり、自分の知っている自分を超えていくこともあるでしょう。本来の自分の引いたレールに戻る。或いはちょっとした勇気があれば自分の運命を超えていくことだってできる。そんな人間の可能性もある夢の世界です。

 

ロルフィングではなるべく起きている環境で行いますが、クラニオワークでは、もう少し深い意識状態に入るので、まどろみの中、夢を見る方も多いです。ドリーミング、その様々な心象世界には、その方を縛るイメージやら、展開させるイメージやら、恐怖やトラウマに繋がるイメージやらが潜んでいて、意識と出会いたがっています。

不思議なことですが、時にセッション中に僕の心象世界に映像として現れます。無意識下では、人間と人間が繋がっているイメージのエリアがあるのでしょうか。セッションを続けてきてそんなことを思うことがありますね。

 

さて僕はデビルマンが出てこないことを祈ります。デビルビームができるようになったら今の時代大変だろうから。

デビルマン変身シーン知らない方は下記を。(18分25秒あたりです)