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豊葦原千五百秋水穂国

「とよあしはらのちいおあきのみずほのくに」と読みます。日本の古来の国の名前で、葦が生い茂って、千年も万年も穀物が豊かにみのる国の意味です。瑞穂国「みずほのくに」の別称としてこういう名前が日本書紀に残されています。

 

日本神話において、この世界は、高天原と黄泉の国の間にあるとされる世界で、葦原中国「アシハラノナカツクニ」と呼ばれます。そして須佐之男命「スサノオノミコト」の子孫または息子である大国主神「オオクニヌシ」,「オホナムチ」が、少名毘古那神「スクナビコナノカミ」と協力して様々な技術の道を教え、葦原中国の国作りを完成させたということになっています。

 

日本国の原風景は、稲穂の実る場所なのですね。僕の記憶の中では伊勢神宮の別院である伊雑宮の裏に広がる磯部の御神田。そして現代的な風景としては、数年前に、新潟へ花火大会を見に出かけた際に見た稲穂の実る風景、日本の原風景を共に出かけたイギリス人が興味深く写真を撮っていたことを思い出します。「稲穂の実るとき、君が好き」。レキシの歌う、いとうせいこうさんの歌詞分かる気がします。(→これです

 

さて、その後、天孫の邇邇藝命「ニニギノミコト」が、天照大御神の神勅を受けて葦原の中つ国を治めるために、高天原から筑紫の日向の高千穂峰へと天下ったというのが天孫降臨と言われている日本神話の物語です。その時、持ち運んだのが天照大御神から授かったのが、三種の神器です。(写真は國學院博物館に展示されているレプリカです)

 

学生時代の友人に神主がいて、彼からの情報や、近所の國學院博物館の展示などを見ながら、古事記、日本書紀、そして年に2度出る大祓、などを、改めて読み直してみると、色々と分かることが多いです。気づき。高天原、葦原中国、根の国、海幸彦山幸彦、須佐之男命、天孫降臨とは、そういうことだったのか!忙しい時には分からなかったこと、奈良時代のようなスローライフを送っていると色々と気づきがあります。

 

今まで忙しくて、古典など表面だけで、深くちゃんと考えたことなかったですが、ちゃんと自分の目で見ること、読むこと、考えてみるということ、体感で感じ直しながら、無意識になっている部分、を理解し直してみることが、大事ですね。身体知覚を活用し、テキストを読み直す。心理学と古典と歴史と人間性が繋がって妙に納得することの多いこの頃です。

 

日本国創成期のような時間と場で、日本国創成期のような身体(空間)になってみると、日本国創成期のような認識を知覚しだして、その体感が今まで見てこなかったものを知覚させることさえあります。それはマボロシのようであり、体感を伴った現実のようなものであり、摩訶不思議なこの世の多層世界であります。大脳の統合野にある三次元視覚野を使って、時空の彼方にタイムスリップしていきます。そういう時もたまにはあった方が人生楽しいですね。いつも目で見えるリアリティと、誰かが作った作品を享受するだけでなく、クリエイティブな意識で、想像力を広げてみるのも人間の持てる能力の1つですね。

 

 

  

さて、先日、皇居にて行われた三種の神器受け継ぐ「剣璽等承継の儀」行われていましたね。様々なノベルス、漫画、ゲームのモチーフとして日本神話は引用されていますので、海外の方も興味津々で、三種の神器が話題になってました。日本国は、2019年になってもまだまだ神話が生きている国ですね。