「まったく、てっちゃんはへりくつばっかり言うんだから」とお母さんは言う。
「だって、そうじゃないんだもん。」
「だって、僕悪くないもん。」
「お母さんだって、たまに、おならするじゃん!それこそ屁理屈だよ!」
言葉を言葉通り受け取って言葉のあげあしを取るのが得意なてっちゃん。
何歳の頃だったか忘れたけど、これはてっちゃんが小さい時の話だ。
てっちゃんは、川岸の原っぱに寝っ転がっていて、空を見ているのが好きだった。
遠くに電車の橋があって、電車が通ると、ガタンゴトンと連続して音がした。
電車によって音が違うんだ。
ロマンスカーの音は違うんだよ。
てっちゃんは世紀の大発見だ!と思ってお母さんに伝えても、
「そうなの、今忙しいから」って聞いてくれない。
お父さんもおかあさんもお店で大忙し。
つまんないなー。
お店の子だから仕方ない。
子供ながらにそう思っていたのでしょう。
大人になっても僕は、お店屋さんには
絶対にならないようにしよう、そう思っていました。
てっちゃんの話し相手はおばあちゃんだった。
僕はね、大人になったら、
お店屋さんじゃなくて、ウルトラマンになるんだ。
おばあちゃんに言った。
おばあちゃんは「そうかい」って笑って聞いてくれた。
そうだよ。
「おばあちゃんも困ったら言ってね、てっちゃんが助けてあげるから。」
「わかった。困ったことがあったらてっちゃんを呼ぶからね。」
「絶対だよ、僕がおばあちゃんを助けるからね。」
そんなことを言って、おばあちゃんとよく餃子を作ったものだった。
おばあちゃんとつくるぎょうざは、さいこうにおいしかった。
「こうやってね、手を使って作るとおいしくなるんだよ。」
「てっちゃんの手は二つあるでしょ?だから何でも手を二つ使って作るんだよ。」
「そうするとなんでもおいしくなるから」
「うん」
てっちゃんは器用ではありませんが、おばあちゃんと作るとちゃんと餃子は作れました。
てっちゃんの小さな手でも、おばあちゃんが言う通りに包んでいくと不思議と餃子になっていくのです。
そして、それをおばあちゃんが焼くと、
それはそれはとても美味しかったのです。
「おいしいね、おばあちゃん。」
「そうだね、二人で作るとおいしいね。」
そんな時間が、来る日も来る日も流れていった。
てっちゃんは一人で行く冒険のような散歩が好きだった。
アーケード街や神社、近くにあったちいさい川、遠くにあった大きな川までよく遊びにでていた。
散歩すると色々な発見があった。
駅の入り口には、燕の巣ができることとか、
天ぷら屋のおじさんは鼻毛が出ているとか、
靴屋のおじさんが魔法のように新しい靴を作っていく様子を見たり、
線路の向こうは、茶色の屋根ばかりだってこととか、
ザリガニを獲る小さな川は、ずっと行くと大きな川に繋がっていくとか、
それはそれは、毎日たくさんの発見と驚きだった。
そして一日あったことを全部、おばあちゃんに話しました。
おばあちゃんはニコニコしながら、
てっちゃんが話し終わるまで聞いてくれた。
続く。(3分割)
ある日てっちゃんは友達たちとザリガニ取りをしていました。
少しずつ上流に向かうと大きなザリガニが獲れ出した。
ん、これは大きな川には、
大きなザリガニの親分がいるに違いない!
と、てっちゃんは思った。
そして、友達と相談して
ザリガニの親分をやっつけようということになり、
川を上っていくことになりました。
ザリガニの親分の基地を探しに出かけて、
川を辿って行き、大きな川のそばまでやってきた。
友達は小さな川より向こうへは行っちゃいけないって、
お母さんに言われていたから一緒には来ません。
でもてっちゃんは全然平気です。
だって川が僕を呼んでいるんだーとか、
何か理由を作って
裏山で拾った木の枝の刀を持って大きい川の方へと歩いて行った。
「この刀があるから大丈夫、ザリガニの親分も、ばさっと斬り落としてやる。」
「僕は正義の味方のウルトラてっちゃんだー!」って大きな川の方へと進んでいった。
大きい川は深くて、とてもザリガニの親分の居場所は
外から眺めていても分かりそうもなかった。
30分ほど探していただろうか。
てっちゃんは疲れてきて、
「今日は偵察に来たってことにしよう」と自分で納得し、
原っぱに出たところでちょっと休憩することにした。
原っぱはいつもの原っぱで、原っぱの向こうには雑木林が続いていた。
てっちゃんは原っぱに寝転がって空を眺めていた。
ただぼーっと空を眺めていた。
大きいなあと思って、大空だと思った。
雲が動いていることに気づいて、
雲が動いているなあって言った。
風が吹いていて、びゅーびゅー音がしていた。
寝ている僕の半ズボンの足に草の葉が吹かれて当たって、くすぐったいなあと思った。
雲の切れ間から太陽が出てきて、キラッと輝いて、
ん?眩しいなあ、と声に出した。
そしたらそのうちにもやもやと雲と空の境界線がつぶつぶに見え出した。
なんだろう、あのつぶつぶは、いくらのようだと思った。
そう思って、いくらのようだと声をだした。
そしてら。。。そのつぶつぶが動き出し、雲のつぶつぶが空へ、
空のつぶつぶが雲へ入り出し、入り交じり出した。
「あれれ、全部混ざってきちゃったー!」
つぶつぶが繋がり出し、線になったり、境界線が曖昧になったり、
あれれれーって感じでびっくりした。
一度目を閉じたり、目を擦ってみたけど、
やっぱりそういう風に見えていて、
やがて、点が線みたいに蠢いていって
雲と空が分解してしまったようになった。
そしたら今まで自分が寝ていた場所、地面、そして地球までが、全部一緒になった感じで動き出して、
地球がぐるぐる回っている上に自分が乗っているように感じて、ただくっ付いているような気がしてきて、
気が付くと暗黒の世界に強い風が吹いていて、そんな嵐の中に、大地にベタッとくっ付いている
まるで十字架に吊るされているような感じでいる自分に気づいた。
どっちが上だか下だか分からず、落ちちゃいそうだし、
風もすごく強くて飛ばされそうで、
「おかあさん、おばあちゃん、どうしようー!」って。
「助けてー!」って叫んでいた。でも声は出なかった。
この嵐の中、振り落とされたら、どこへ行くのか分からない。
もう怖くて怖くて、振り落とされて、この場所にいなくなったらどうしよう。
その向こうには何もない気がして、
恐ろしくて恐ろしくて、泣き叫んでいた。
てっちゃんは「いやだ、何もないところはいやだよー!」って叫んだ。
声が出た。
続く。(3分割2話)
その時です。さっきまでこちょこちょくすぐっていたはずの
原っぱの草が僕の足と腕をぐっと触っている感じがしてきた。
葉っぱが手や足や胴体が絡まってぐっと大地に繋ぎ止められた。
草はみしみしと音を立ててちぎられながら、
するとまた別の草が手足に伸びてきて、てっちゃんを捕まえた。
ジェットコースターみたいな振り回しの中、草たちに繋ぎ止められながら、てっちゃんは泣きながら叫んだ。
「全部一緒がいいよ。雲も空も太陽も原っぱも虫も、全部一緒にいたいよー!」って。
そう叫んだ。
心からそう思った。
その瞬間、目の前が眩しくなって、
眩しさの中、ようやく目を開けると、
嵐はすっかり収まって、風は止み、
大地は回転するのを止めていた。
てっちゃんは体を起こすと、あたりを見ると、いつも通りの原っぱだった。
半ズボンの足の上にちぎれた草がたくさん乗っていた。
右の靴は履いていなくて、5メートルくらい向こうに転がっていた。
頭の上にも草が付いていて、てっちゃんは左手で頭の草を払った。
風は穏やかで、鳥が鳴いていた。
てっちゃんは空を見上げ、
雲が元の雲であることに気が付き、長袖の裾で涙を拭きました。
そして立ち上がりました。
靴を取りにいき、それを履き、はらっぱに自分が立っていることに気がついた。
ジャンプしました。ちゃんと、はらっぱに着地できた。
「大丈夫だ!」
あたりは、いつものはらっぱで、いつもの河原で、
しずかにそして穏やかに川の水が流れてた。
電車がすきなてっちゃんは駅員さんのように
名も無い草や鳥を指差し確認しながら川沿いの原っぱを歩いていった。
「雲、オッケー」
「空、オッケー」
「はい、鳥さん、オッケー、そのまま上方向へ飛んで良ーし。」
てっちゃんのおなかがぐーとなった。
「てっちゃんのおなか、オッケー」
「ぐーという音、オッケー」
心に入ってくるもの全部、ひとつづつ指をさし、
名前を呼び、そしてオッケーを出しながら、
歩いて家まで帰りました。
「ただいまー」
「お母さん、夕ご飯は何?」
「てっちゃんの好きなイクラだよ。」
「いくら?いくら、いくらはつぶつぶだから、オッケーじゃなーい!」
「いくら、いらなーい」
「え!だって大好物じゃない?」
「つぶつぶはいらなーい、今日から好きじゃなくなった。だってばらばらになっ
ちゃうんだよ、おかあさん」
「ばらばら?どういうこと?」
「てっちゃん今日はぎょうざがいい!、ぎょうさ、オッケー」
てっちゃんがそういうと、
お母さんは、おばあちゃんが作った餃子が届いているわよ。
でもてっちゃんおばあちゃんちで、ぎょうざ食べたんじゃないの?
「食べたけど、ぎょうざがいい!おばあちゃんぎょうざ、オッケー!」とお母さんに言った。
「はい、おばあちゃん、ぎょうざ、オッケー!」とお母さんが言った。
「あ、それはてっちゃんの役目だよ。」
「おかあさん、ずるいー。ずるいと悪魔になっちゃうよー。」
「はいはい、はやく食べなさい。早く食べないと悪魔がやってくるよー。」
「悪魔は怖いから、てっちゃんはやくたべるよー」
「おばあちゃんのぎょうざ、おいしいね、お母さん」
といっててっちゃんは餃子をパクパクと食べました。
おしまい。