「なぜ?」と自分を責める前に。心が止まったとき、身体にできること 〜トラウマインフォームドケア(TIC)と自然体験の優しい関係〜

 

 

「新しい自分」になろうと焦る春。でも、本当に必要なのは「変わること」ではなく、身体のアーカイブを「ほどくこと」かもしれません。

 

 

 

 

 

4月の眩しさに、少しだけ立ち止まる

 

 

4月。新しい年度が始まり、街は期待と緊張が入り混じった独特の「光」に包まれています。 「心機一転、頑張ろう」「新しい環境に馴染まなければ」——そんな前向きな言葉が飛び交う季節ですが、もし今、あなたの心がそのスピードについていけず、どこか「凍りついたような感覚」を抱えているとしたら。

こんにちは。今日は、そんな「春の眩しさ」の中で、そっと自分の内側に意識を向けたい方へ向けて筆を執りました。

 

 

私事ですが、この1月に「トラウマインフォームドケア(TIC)アンバサダー」の認定を受けました。昨年、トラウマを抱えるクライアント様との深いセッションを重ねる中で、「もっと安全に、もっと多角的に伴走したい」と願い、オンラインでの対話を重ねながら学びを深めてきたものです。

新しい年度の最初のブログとして、このTICの視点が、私の提供するボディワーク「AIR Core」とどのように響き合い、皆さんの「生命の回復」にどう役立つのかを、ゆっくりとお話しさせてください。

 

 

 


 

「なぜ?」という壁:自己理解を急ぐリスク

 

 

不条理な出来事や、心に深い傷を負う体験をしたとき、私たちは必死にその「理由」を探してしまいます。

「私がもっとこうしていれば」 「なぜ、あんなことが起きたのか」

司法や医療、福祉の現場で多くの方と出会う中で感じるのは、人は「理由のない不幸」に耐えるのが非常に難しいということです。あえて「自分が悪かった」という不適応な罪悪感を引き受けることで、なんとか世界を「予測可能な場所」として繋ぎ止めようとする。それは、あまりにも健気で、切実な生存戦略です。

 

 

しかし、TIC(トラウマインフォームドケア)の視点に立てば、この段階で「自己理解(なぜ?)」を急ぐことは、パニック状態の脳にさらなる負荷を与えることになりかねません。

TICの核心的な問いは、目の前の人に「何がダメなの?(What's wrong?)」と症状を問うのではなく、「あなたに何が起きたの?(What happened?)」という優しいレンズで眺めることから始まります。

 

大切なのは、TICはどこかの専門家だけが行う特別な「治療」ではないということです。それは、関わる人みんなで、誰もが安心して過ごせる「心地よい空気感」や「当たり前の優しさ」を育んでいくプロセスそのものです。

 

もし、誰かが激しく怒ったり、逆に無表情に固まったりしていても、それを単なる問題行動とは捉えません。それは、その人が今日まで一生懸命に生き延びるために、身体が選んだ精一杯の生きる知恵(3F反応)なのです。

火事で家が燃えているときに、現場で出火原因を議論しても呼吸は苦しくなるばかり。今必要なのは、原因究明という「頭の作業」ではなく、まずは安全な場所へ避難し、深く息をつくという「身体の安心」なのです。

 

 

 


 

 身体のアーカイブ:脳がフリーズしても組織は覚えている

 

 

今回のアンバサダー研修では、精神科医の大江美佐里先生や精神保健福祉士の大岡由佳先生から、トラウマが脳と身体に与える影響について医学・福祉の両面から深く学びました。

私たちの自律神経には、危機に瀕した際の「3F反応」が備わっています。

  • Fight(闘争):戦う

  • Flight(逃走):逃げる

  • Freeze(凍りつき):動けなくなる

特に「凍りつき」の状態では、心はショックから身を守るために感覚を麻痺させますが、身体はその瞬間の衝撃を逃がさず、組織の中に閉じ込めてしまいます。

 

 

 

筋膜(ファシア)が記憶する過去

 

 

私たちは「自分の体は自分のもの(コントロールできるもの)」と思いがちですが、実際には自律神経や細胞の営みは、私たちの意思を超えた「自然そのもの」です。いわば、身体は、私たちが世界と出会う、たった一つの『自然の窓』です。トラウマによる「凍りつき」は、この前哨基地が、命を守るために必死にシャッターを下ろした状態と言えます。

 

ボディワークの視点から見れば、私たちの筋肉や「ファシア(筋膜)」といった組織は、物理的な「過去のアーカイブ(記憶装置)」です。 脳が「もう終わったことだ」と整理したつもりでも、身体の組織は当時の緊張をギュッと握りしめたまま、今も「戦い」や「凍りつき」の中に留まっていることがあります。

 

理由のない肩の強張り、浅い呼吸、常に抜けきらない緊張。 それらは、あなたの身体が一生懸命にあなたを守ろうとしてきた、いわば「誠実な記録」です。だからこそ、言葉で過去を解き明かす前に、まずはその強張りを物理的にほどき、身体を解放してあげる必要があるのです。

 

 

 


 

 語りのループを抜け、「イールド」を対話の基盤へ

 

 

カウンセリングなどで辛い体験を繰り返し語ることは、時に「再トラウマ化」のリスクを伴います。身体の器が整っていない状態で過去を掘り起こすと、脳が当時の恐怖を再び体験してしまうからです。

そこで私がセッションの基盤としているのが、「イールド(Yield)」という体験です。

 

イールド(Yield)とは 「委ねる」「身を任せる」「譲る」といった意味。 自分で自分を支えようとする過度な努力を手放し、重力や大地に身体を預けきってしまうこと。

 

 

 

環境を信頼する「サレンダー」

 

私たちは普段、無意識に環境を警戒し、身体を固めています。しかし、イールドのプロセスを通じて「大地は私を100%支えてくれる」という実感を身体に覚え込ませていきます。

 

身体が環境を信頼し、「サレンダー(降参)」できたとき、自律神経は初めて深いリラックスへと向かいます。この「身体の安心」という土壌があってこそ、自分自身を見つめるための「心の器」が出来上がるのです。

自己理解は「頑張ってするもの」ではありません。 整った身体感覚の上に、季節が巡れば花が咲くように、「光が差し込むように自然と訪れるもの」なのです。

 

 


 

自然という「非代替的な場」で、自分を取り戻す

 

 

トラウマインフォームドケアの原則の一つに「安全性」がありますが、私はこれを対人関係だけでなく、「自然環境」という大きな枠組みの中で提供したいと考えています。

 

 

 

役割を脱ぎ捨て、一人の「生活者」へ

 

大岡由佳先生の言葉を借りれば、トラウマは人を「被害者」や「事例」といった記号の中に閉じ込めてしまいます。しかし、砂浜で砂利を踏みしめ、波の音を聞き、風に吹かれているとき、自然は私たちをジャッジしません。

そこにあるのは、社会的な役割(親、子、被害者、支援者)を剥がされた先にある、「非代替的な(替えのきかない)唯一無二の私」という生命の輝きです。

 

私が提供するボディワークと自然体験の正体は、この「唯一無二の自分」へと回帰するプロセスに他なりません。

 

 


 

2026年度、あなたの「並走者」として

 

最後にお伝えしたいのは、私は精神科医のような「治療」の専門家ではないということです。 しかし、これまでの経験とTICアンバサダーとしての知見を統合し、以下の5つの視点を持ってあなたに寄り添うことができます。

 

  1. 身体視点:「凍りつき」をほどき、イールドを促す。

  2. 環境視点:自然というジャッジのない場を用意する。

  3. 関係性視点:対等な「生活者」として横に立つ。

  4. アカデミア視点:科学的なフレームワークで安心を裏付ける。

  5. 概念のリフレーミング:孤立から繋がりへと物語を書き換える。

 

私が提供している「AIR Core(10+3)」セッション。 最初の10回で身体の器を丁寧に育て、最後の3回で【過去−今−未来】を安全に掘り下げていく。この構造は、今回お話しした「身体の準備を待つ」というTICの思想を形にしたものです。

新しい年度、何かを変えようと焦らなくても大丈夫です。 まずは、今ここにある呼吸と重力を感じ、身体のアーカイブを一つずつ優しく解いていくことから始めませんか。 その傍らで、私は静かに、そして力強く、あなたの生命の深淵に伴走し続けます。

 

 

 こうして身体のアーカイブを優しく紐解くことで、誰もが自分の中に眠る強みを信じ、希望や回復の指標である「HEARTS」を育んでいける。そんな温かな社会を、私はボディワークを通じて目指しています。 今日の話に関連する、神経系の地図(トラウマインフォームドケア)についてはこちら