· 

北海道浦河「べてるの家」:幻覚妄想も笑い飛ばす、9年後の視点

妄想、幻覚を肯定する取り組み

北海道の襟裳岬の近くに位置する浦河町。この町には、精神障害を抱えた人たちの「べてるの家」というユニークな施設があります。

 

毎年5月に開かれる「べてるの家」の総会は、今や知る人ぞ知る浦河町の名物行事となっています。総会で行われるイベントの中でも特に強烈なのが「G&M大会」。Gは幻覚、Mは妄想の頭文字です。過去1年間でべてるのメンバーたちが経験した幻覚や妄想、それにまつわるユニークな言動が選ばれ、ユーモアを交えて表彰されます。

 

精神病の忌むべき症状として捉えられがちな幻覚と妄想を、「べてるの家」では否定しません。「治療しなくてもいいのか」と疑問を抱く人もいるかもしれませんが、こうした精神病との独特な向き合い方こそが「べてるの家」の原点であり、多くの共感を呼んでいます。個人的にも素晴らしい試みだと感じ、一度見学に行きたいと思っていました。そんな中、NHK Eテレ「バリバラ」で「べてるの家」が放送されるとのこと。これは見逃せません!

 

 

 

(追記:9年後の視点から)

 

9年前のこの記事では、「べてるの家」の存在とそのユニークな取り組みを紹介するに留まっていました。しかし、この9年間で、精神障害に対する社会の認識や支援のあり方は大きく変化してきたように感じます。当時はまだ、精神疾患を持つことへのスティグマ(負の烙印)が根強く残っていたかもしれませんが、「べてるの家」のような、当事者の声に耳を傾け、その経験を尊重するアプローチは、徐々に社会に浸透してきたのではないでしょうか。

 

「べてるの家」の「G&M大会」は、一見すると奇異に映るかもしれませんが、当事者たちが自身の経験を共有し、笑い飛ばすことで、症状が持つネガティブな側面を相対化し、主体性を取り戻すための重要な試みだと考えられます。それは、単に「症状をなくす」のではなく、「症状と共に生きる」という新たな視点を提供していると言えるでしょう。

 

現在では、「べてるの家」の活動は全国的に知られるようになり、多くの専門家や支援者、そして当事者やその家族にとって、希望の光となっています。この9年間で、「べてるの家」の思想や実践が、日本の精神保健医療福祉の現場にどのような影響を与えてきたのか、改めて注目していきたいと感じます。

 

 

参照 

べてるの家

http://bethel-net.jp/

 

 

決めつけない勇気が拓く可能性:べてるの家と、体から知る自由な生き方

べてるの家の事例から見えてくる可能性

 

なぜ私が「べてるの家」の事例を取り上げたかというと、本来病気は治療するものであるという概念から離れた時に、その人としての全体性、表現力や創造力がより自由に発揮されるのではないかと感じたからです。

 

もともと、特に精神的な病気というものは、ある範囲を定めた枠組みから逸脱しているというだけで捉えられがちです。しかし、その人が稼ぐ力や社会性を持っていたり、理解あるパートナーがいれば、病気であることに気づかずに社会生活を送っているケースも多いのではないでしょうか。そう考えると、私たちは皆、多かれ少なかれ何らかの精神的な傾向を抱えていると言えるかもしれません。

 

「妄想いいねー、幻覚面白い!」という「べてるの家」の発想は、非常に可能性を秘めた他者理解のあり方だと感じます。誰にも迷惑をかけていないのであれば、それは面白い個性であり、本人にとっては豊かな創造力や表現力の源泉となっていることでしょう。もちろん、このような考え方がすぐに一般的になるとは限りませんし、様々な課題もあると思いますが、このような寛容な関係性を持つ社会には大きな可能性があると感じます。「べてるの家」は、地域が町おこしとして活用し、施設と社会が共存しているという点も注目すべきです。

 

このような社会の方が、人間としてより楽に、より自由に生きていけるのではないでしょうか。閉塞感のある日本の社会において、私たちが自ら決めた枠の中でもがくよりも、自分の在り方を少しだけ変えるだけで、驚くほど楽になることがあります。周りの人が少しだけ「普通」という概念を緩めてあげるだけで、風通しが良くなることもあるでしょう。自分と異なるものを認め、受け入れる勇気。心地よい多様性社会への模索は、こうした意識改革から始まるのではないかと私は思います。

 

ロルフィングとの共通点

 

ロルフィングの視点から見ると、体は頭(意識)が過度に関与せず、本来の自然な動きに委ねた方が、よりスムーズに機能します。体の声に耳を傾けることから始まる自然体。肩こりや腰痛を「治さなければ!」という無意識の固定観念(ボディスキーマ)を手放せた時、楽で自由な体が実現してくる感覚は、「べてるの家」の取り組みと少し似ているように感じます。体において私たちを辛くしているのは、自分自身の無意識の癖なのです。施術を受けて調子が良くなった方が、その理由を何度も知りたがることがありますが、その本質的な理由は、「考える」ことから「感じる」ことへと意識がシフトし、重力下で生きる自然な体を取り戻したからです。自分の考え方、あるいは無意識のうちに凝り固まってしまう考え方(癖)を手放すことができれば、体もずっと楽になる可能性があります。

 

環境(周りの人々)が、そして私たち自身(という意識)が決める範囲を少し広げるだけでも、多くの人がより創造的な人生を歩める可能性があります。それは皆のためであり、私たち自身の生きやすさにも繋がってくるはずです。「べてるの家」の事例は、そのような可能性を垣間見せてくれるものだと、私には思えます。ロルフィングを通じて体を通して感じることを、もっと社会に伝えていく、感じる機会を作っていくことの必要性を強く感じています。そのための行動として掲げたのが、プロフィールに書いた今年の行動指針です。

 

少し夢物語かもしれません。これもまた、一つの妄想ですね、笑。