毎日何か書いています。

2016年7月から毎日何か書いています。(最新15日分をこのページに、それ以前は→アーカイブにて月時スクロールでみれるようにしてあります。)

日々、自分を再構築していく「今、ここ」にある日々の綴りです。

モザイクな存在

 

思えば人間というのは、決して一つの単独のシステムでなく、複合的、モザイクな存在だと思います。人間の視点では、自分として独立存在としていますが、アングルを変えて行くと別の私たちが見えてきます。

 

わかりやすく菌の話に例えますが、例えば常在菌は、皮膚や消化管など体外と通じている器官に存在し、病原菌の侵入を防いだり、 消化を助けるなど人体にとって大事な役を担っています。

 

人と微生物との関係は出生から少しづつ整えられていきます。子供はまず産道で母親の常在菌と出会い、続いて空気や食べ物、周囲の人との接触などを通じて多くの微生物と接していきます。

 

それら微生物と人体が、戦ったり譲ったりの駆け引きを経て、定着した一部の微生物が常在菌になっていきます。常在菌の数や構成する種類は成長につれて安定していき、人と微生物が共に生きる一つの生物集合体ができあがります。菌以外にも我々は、体というアングルから見ると、実に様々なコミュニケーションを外部としていて我々は有機体そのものです。

 

有機体である私たちが環境とどういうコミュニケーションをしているかは、まだまだ解明されてない部分が大きく未知のことも多いのですが、ウイルスの一部は、宇宙からやってきているという説もあります。

 

話が広がりましたが、知覚できない無意識レベルの様々なネットワークというものが我々の知覚の外、盲点的な情報として我々と共に存在しています。そして有機体としての範囲を纏めている集合体としてのイメージ?のようなものが、何層のレイヤーが我々の体にはあるような気がします。あなたが少し自分を緩める方へシフトするだけでも、いつもと違う自分のレイヤーや意識に出会えます。

 

 

雄大な時間を取り戻す

久しぶりに能を見に行きました。最初の演目は、仕舞は砧でした。砧のストーリーはこんな感じです。

 

訴訟のため都へ上っていた芦屋の某(ワキ)は、三年目の秋、年末には必ず帰郷するという伝言を侍女の夕霧(ツレ)に託す。故郷へ下った夕霧は某の奥方(シテ)のもとへ向かうが、奥方は寂しい日々を嘆くばかりであった。やがて、遠くで里人の打つ砧の音を聞いた奥方は、「夫を思う妻の打った砧の音が、遙か遠く離れた夫のもとへ届いた」という中国の蘇武の故事を思い出し、慰みに自らも砧を打ち、感傷にひたる。しかし、再度の使者が来て、某は年末にも帰らないと告げられ、奥方は絶望し亡くなってしまう。妻の訃報を聞いた某(後ワキ)が急いで帰郷し、弔っていると、奥方の亡霊(後シテ)が現れて夫の不実を責めるが、やがて法華経の功徳によって奥方は成仏するのであった。

 

伝統芸能の面白さの一つに、時代背景や意識する感覚の違いというのがあります。

 

訴訟で3年。現代よりも短い人生の中で、3年家を不在する感覚。そして電話もメールもない時代。顔を合わせることが今ここで、遠くへ出かける時は、一生の別れにもなりうる一大事だったのだろう。どんな経済や関係だったのだろうか。どれだけ情念が込められた関係性なのか。

恋愛という言葉のない時代。身を焦がす思いがどれほどの情報力があったのだろうと。

すごく雄大な時間を生きているなと感じます。今の我々の社会は忙し過ぎていますね。

 

話は飛びますが、有名なこの歌も時間感覚が我々とはかなり違う。

 

日曜日に 市場へでかけ糸と麻を買ってきた

月曜日に おふろをたいて

火曜日は おふろにはいり

水曜日に ともだちが来て

木曜日は 送っていった

金曜日は 糸まきもせず

土曜日は おしゃべりばかり

ともだちよ これが私の一週間の仕事です

 

一つのことを2日かけて行なう。あとはテュラテュラと踊るだけという優雅な時間の使い方ですね。

これで生活が回るのだから素晴らしい。

 

さて我々は、いつからこんなに忙しい生活を送るようになってしまったのでしょう。スケジュール帳が予定で埋めつくされて、自己管理していきますね。割り振られた細切れの時間の中に私が埋没していきます。

 

セッションではいつもと違う時間に出会って貰っています。

 

 

 

 

自分と出会う

自分を変えるのは自分だけ

どんなに大きな変化も

すべてあなたの一歩から

パタゴニアの氷河

氷河が人工的な風景のように見えますが、これは自然の意匠による自然の姿です。南米パタゴニアの氷河です。(下の写真は、氷河とMt フィッツ・ロイです。)自然と書くのが不自然な位の大自然です。人為の入ってない自然、表情が豊かですね。

 

今日はグレートジャーニー、旅の実践者、関野吉晴氏のイベントに参加してきました。日本では感じられない大きな力強い自然と、そこに生きる人々の暮らしと生き様を見せつけられました。それにしても関野さん、あの時代にあれだけの旅をこなし、プロデュースしてきた強者、今の時代に同じような人を見つけるのが難しいくらい、只者ではありませんでした。

 

人間も自然の方が表情が豊かなのです。ロルフィング第7セッションでは、鎖骨から上、首、頭を扱います。顎関節、首の深層筋、表情筋や頭蓋を構成する骨や神経、知覚、含めて歪みやズレをニュートラルにしていきます。自然な方へシフトしていき、顔の表情も豊かになります。

 

顎関節の可動域や歪みが自然になり、目や耳の高さや、顔のパーツの関係性のニュートラルが図られます。音がよく聞こえるようになる。そんなことをいう人も多いです。それはニュートラルになってみないと感じられない知覚なのでしょう。

 

人工空間で暮らす我々には、自然を感じる機会そのものが、あまり感じられない中での生活を過ごし、知覚的に、非自然になってきました。

 

大自然は、そこに行った人。その場に立った人。それを享受した人だけが知ることが出来る贅沢な時間と空間の場であるように思いました。

RELAX. YOUR HEART IS STRONGER THAN WHAT YOU THINK !

 

落ち着いて、

あなたの心は、あなたが思うよりも強いのです。

 

ヨーコ・オノ

 

 

 

 

メッセージを受け取る

メッセージは、スマホやテレビ、友達や、家族からだけ受け取るものではありません。私たちはそれになかなか気がつきませんが、自分の中からも絶えず届いています。

 

メッセージに気がつくには、今の世の中は少し騒がしすぎますね。そして情報が多すぎて、私たちの頭が忙しすぎますね。私たちの知覚は自分の外のことにばかり意識を使ってしまっています。

 

心や体からのメッセージは、方向性を指し示してくれています。メッセージのうちあるものは、気持ちよさ、心地よさ、或いは違和感や痛みなどが届いてきます。

 

それは体を通じてあなたに届くメッセージです。体からのメッセージはあなたを次に連れて行ってくれるそんなメッセージです。静かな心になって、自分と繋がる時間を過ごしての声に耳を傾けてみましょう。

 

 

「目に映る全てのものはメッセージ」、そうユーミンは昔歌っていました。けど、目に映るためには、感じることが必要なのです。知覚が伴わないと、自分の目には映りません。目の前を通り過ぎていきます。

 

分からないから探し始めます。ずっと外の世界を探し歩きます。見つからなくて、わからなくて、少しづつ自分の外のものと繋がります。痛くないものと繋がります。安心できるものに思いを掛けます。

 

そして何かに依存するようになります。そして言葉に依存するようになります。そのうちに依存していることさえ、忘れてしまうのです。

 

あなたにとって大切なことは、あなたにとって本当のことは、言葉では書いてないのです。そして誰も教えてくれないのです。あなたにとって本当のことは、あなたしか知らないのです。 

 

あなたの手にしている美しい花束を見にいきましょう。

マインドフルネス

マインドフルネス瞑想、流行っていますね。ブログでも何度か取り上げたことがあります。 僕のセッションでもたまにマインドフルネス瞑想を利用することがあります。

 

マインドフルネスとは、簡単にいうと、今というとき瞬間に目覚めている力です。その今と共にある時に流れるエネルギー状態です。毎日の生活の一瞬一瞬に生きていることに深く触れ続けることのように思います。

 

マインドがフルであることは、あなたが今ここにしっかりと生きることであり、あなたのまわりの人たちや身の回りで起きていることと一つになることです。

 

特別なことをすることでなくて、日常生活、例えばお皿を洗っているときも、散歩で歩いている時も、入浴時ににバスタブに入る時もいつでも心と体をひとつに調和させ、行為行動と一体になるような状態です。 座禅している時だけではなく一日のあらゆる場面でも実践は続けることができると思います。

 

我々の頭は絶えず、色々なことを考え続けます。自分でないことで頭のことがいっぱいになり、時に精神的なバランスを崩すことがあります。そんな時に、少し大きなスタンスでマインドをオープンにして、瞑想したり、行動することは、頭のリセット効果が大きいです。脳内の血流や情報の流れも変わり、気持ちがリフレッシュされます。

 

これとは別に日本には古来、座禅というスタイルもありますね。どちらも同じようなものですが、マインドフルネスの方が、イメージや主体性が使われるので意識のリセット効果が高いような気がします。座禅の方は、身体性を固定して、投げ出していく、感じることも放っておく、手放していくスタイルで、無になっていく感じですね。

 

参考までにいうと、いわゆるグルジェフワークでも、「今ここ」に、臨在していく手法として、この二つを紹介しています。なので人間の精神においてはこの二つが、意識的な覚醒の道の王道なんだろうと思っています、

多分僕のするセッションでも、この二つの方法論をとってセッションをしている時があります。

 

 

ロルフィングの場合は、リフレッシュやリセットを目的としていませんので、これ以外のアプローチをしています。
それはロルフィングがずっと続けていく習慣的なボディワークということよりも、10回のセッションシリーズとして、身体を統合させていくものだからだと思います。ロルフィングは自然に整うのを見守るだけでなく、ロルファーによる身体統合という意図を伴うものである。ということをお伝えしておきます。

 

不思議大好き

 

思えば僕が広告業界を志したのは、西武百貨店「不思議、大好き。」という広告の驚きでした。糸井重里さんが作った有名なコピーです。コピーライターブームなるものが起こり、僕も宣伝会議のコピーライター講座に通いました。このキャッチコピーで確か100万とか、数百万とか言われてました。

 

その後、広告業界を目指し、広告代理店時代、広報マン時代、広告制作者時代を経てロルファーになりました。自分の中の割合だとまだ半分くらいは広告の血が流れているかもしれません、笑。

広告のクリエイティブは、アートや創作表現と違って全力でクリエイティブというよりは、世の中の人が少し見えてない無意識を少しだけ表出させてり、新しい組み合わせを生み出して意味付け・付加価値付けしていきます。すごく新しくなくてもよく、その人にとって、受け取れる少し前に進めることを表現していきます。

 

セッションの感想を見ていると、僕のセッションは、もしかしたら、まだ広告を作っている無意識が入っているようにも感じます。その辺りが僕のセッションの個性になっているようにも感じます。(参照・感想)ロルフィングのセッションはロルファーによってかなり違うものかもしれません。

 

体の中、意識の中は、かなり不思議です。その不思議さを知るも良し、知らぬもどちらでも良しなのですが、同じアホなら知らないと損、損と、踊り惚けている方が、きっと人生面白いような気がします。


僕自身がそうだったのですが、ロルフィングは、別に体に支障がなくても十分楽しいです(^-^)不思議です。面白いとか、不思議とか好きな方なら大歓迎です。僕も未だ不思議大好きです。

自分という映画を見ている

 

人は、自分という映画の主人公をしています。ハラハラ、ワクワク、ドキドキして、その映画を見ています。

 

もしあまりに辛くなったら、映画館から出てもいい。あなたには歩いて映画館から出るとも出来る。ということをまず知っていた方がいいと思います。

 

見る映画は自由なのだけど、自分で見たい映画を見てなくて辛くなる人も多いと思います。もしかしたら身体症状になって痛みや違和感として出ているかもしれません。或いは自分の心や体の声に耳を貸さずに、映画の中の物語の中であなたは頑張っているかもしれません。

 

頑張ることはいいことですが、もし身体症状になっていたら、あなたの心と体は、信号を送っています。現状から変わりたいという信号です。

 

変わるとはどういうことか、変わったことのない人には、なかなかわからないものです。外の変化に対応することには日本人は比較的慣れています。でも中の変化に気がつくこと、対応することには慣れてません。

 

最近の言葉でいうとレジリエンスが言われる通り、打たれ弱い心、傷つきやすい心が増えています。共感されたり、癒しを求めたりするのは悪いことではないけれど、繰り返しになってしまうことが多いと思います。

 

レジリエンスの力を高めて行くこと。これも大事ですが、もう1つ、自分を突き詰めていくこと、自分を全部理解していくことも同様に大事だと思います。自分の行なっている膨大な無意識なこと、見なかったことにぜずに、自分を全部気付いて行くことは、自分を自然状態、ニュートラルに戻す最短の方法だと思います。

自分をニュートラルにすると生きやすいし、楽だし、自由になっていきます。

 

多分その2つの方法の接点が、あなたにとっての、「今ここ」に生きているグランディングポイント(着地点)だと思います。その上で自分が見たい映画を見に行けば良いのだと思います。自分の気持ちと自分の立ち位置、目で見える現実が一致している、その楽しさを是非感じて欲しいと思います。

あなたの人生の主人公は、他の誰でもなく、あたな自身です。

 

10シリーズの感想 Kさん【ピラティス・インストラクター】

 

ロルフィングを受けたきっかけ

 

ピラティスの仲間から「体が中から伸びるからロルフィング受けてみるといいよ」という話を聞いてました。いつか受けたいと思ってたけど、なかなかきっかけがなく過ごしてきました。セッションを受けるに当たって、踏み切れなかったのは、誰のロルフィングを受けるかということ。そんな時、偶然あるパーティーで、ロルファーの吉田さんと出会って、お会いした時に、安心感、私の体をお任せできる安心感を感じがしましたので、その場でお願いしました。

 

 

10シリーズの全体的な感想をお願いします。

 

体に関して言えば、今まで自分で意識的に努力して動かそうとしていたところが、頑張らなくても自然に持っていけるというのが驚きでした。これまで、何度も何度も自分で意識しながらトレーニングでやってきていることが、セッション後は動かしにくかった箇所が、セッション中に見せてもらった筋膜図や、その時に感じた事を思い出すと気持ちよく動くようになった。そんな体になっていることがびっくりしました。

 

ピラティスも同じボディワークというジャンルのものですが、運動のボディワークであるピラティスと、セッションという施術形式でするロルフィングとは違うものですね。ピラティスは体は意識して変わっていく。でもロルフィングは無意識で変わっていく。意識しながら体を整えていくのと、施術によって無意識化していた体の動きが引き出されてくるというのが違います。習慣的に続けていく運動としてピラティスはいいものですが、意識できない無意識だった部分を感じれるという意味で、ロルフィングを受けるとスタートラインの裾野が広がる感じがします。ピラティスでも意識、無意識というのがありますが、ロルフィングは最初から無意識的に、意識してもできない動きが出来ました。

 

根底にある体の構造的な動かし方、中から動かすということ、普段動かしていることの前提を一つ深くした動きを発見できました。確か第8セッションだと思うのですが、あのセッションでやった全身の体本来の動かし方というのは、ロルフィングの中でないと、出来ない動きだと思います。新しい気づきです。セッションを振り返って考えても体の自由度が違います。レッスンしている時もレッスンを受けている時も動きの伸び感が違います。レッスンを受けていて体がすごく楽です。

 

またロルフィングでは気持ちの面でも気づきがあって、私はちょうど自分の存在を見つけたかった時だっと思うのです。自分の内側にいるもう一人の大きな自分がいて、体はその人の住む家で、その人が自分を大丈夫だと言ってくれたような感じがしました。また迷った時に最適な自分の在り方を見つけてくれるそんな安心感が自分の中で、元々いたことに気がつけた、体の安心感みたいなものが確認できた気がしました。あと最初のセッションで、音がよく聞こえるようになったのも面白かったです。私は電話オペレーターの時代が長かったので、聞かない、聞こえないようにしていたからかもしれません。

 

 

ロルファーの印象。

 

ロルフィングはロルファーによって違うと聞いていますが、吉田さんのロルフィングは、悩みが解決するロルフィングですね。身体でも、動きでも、メンタル(発想や意識)でも、安心感が増すロルフィングだと思います。今の私に必要なことをやって頂いた気がします。セッション中に言われたことも、今の自分に必要な言葉が多く、一つ一つ覚えてないのですがたくさん気づきがありました。例えば「捉え方は表裏あるから捉われる必要はないよ。流せばよいよ」と言われたことが今の自分の中ですごく腑に落ちる時がありました。

 

ロルフィングに関して、重力、筋膜などはアバウトな理解しかない中、体にある「自分らしさ」みたいなもの、それも含めて託せる人みたいなイメージだったのですが、それが吉田さんと出会った時に感じました。ボディワークは、やはり(二人でする)セッションだと思うのです。10シリーズで私(の体)が、今必要なものを引き出してもらった気がします。これからも、またその時に必要な身体性を出して貰える気がしています。吉田さんは、その人がその時に必要としているものを引き出してくれるロルファーだと思います。知識も幅広く、体と心でクライアントさんと向き合って、最善のセッションを組み立ててくれているのだと思いました。

 

ロルフィングの印象

 

ロルフィングは不思議。ボディワークだけど、ただ触れているだけなのに、なんで体の中が変わっていくのか。ほんと不思議。痛みのある人だけでなくて、どんな人でも受けていいんじゃないのかなーって思います。受けたら受けた分、得るものがあると思います。ロルフィングに出会うと、体はこんなに楽なものなんだ!と気がつけます。クライアントにとって、健康になりたい、痛みがあるなら、解消する方法があると思う時に、ロルフィングは、1つの素晴らしいアプローチ方法だと思います。頼り方としてロルフィングという選択肢を持っていると、その後の人生が変わると思う。生きていることが安心できると思います。

 

ロルフィングは、何に焦点を当てるか・ゴールにするかで、セッションは全く違うものになるんだと思います。今自分に必要なことに気がつき、自分だけで考えていたことに必要な流れを作ってもらえた、そんな気がしています。体や意識が止まっていた人が自分だけでやっていた時とは違う流れができる気がします。

 

 

最後に何か付け足すことはありますか?

 

シンプルに、身体が整うってこういう事だよね〜と原点に戻りました。とにかく胸椎が伸びる〜!動く〜!感激です。楽に動くし、動きの方向性がわかります。今まで力づくで固めて身体を使っていたので、それらの癖が逆によくわかります。繋がりではなく、部分部分で動かしていたというのが正しいかもしれません。セッション後に付けていたメモを読み返してみると、身体感覚は「広がる」「楽」という言葉が多いです。骨盤帯と胸郭が揺れる感覚もありました。過去の感想も読み返して、その時リアルに感じた事を思い出します。全ての経験が今を作り、無意識化して覚えている事って少ないから可能性は限りなく広いってことですね。

 

ロルフィングを受けて、感じる。ということの幅の広さを感じました。また吉田さんの言葉で、自分の思い込みをアンワインドして新しい自分になった気がします。ロルフィングは私にとって「蘇り」 「 新生、再生」かな。。。言葉の説明は難しいですね、その時その時で答えは変わるでしょうね、笑。

 

自分探し

 

自分、見つかりましたか?

 

外の世界を探しても、

探しても探しても見つからなかったら

 

それはきっと自分の中にあります。

自分の中への旅へ、ようこそ。

 

 

体でする脳トレ

脳トレは、ブームになりしたね。高齢化社会になり、脳のトレーニングも当たり前になり、あまり言葉にしなくなりましたが、世の中的には脳トレすごく行われていると思います。

 

主に五感トレーニングや反射神経、数学、国語、漢字あたりが多いように思いますが、情動脳や、反射、脳幹部あたりの脳のトレーニングは、あまり行われてない気がします。運動するとか、体操するとか、歩く。あたりでもいいと思いますが、知覚力、体感のトレーニングというのも大事なように思います。

 

自分がまっすぐ立っているのか。首が傾いてないか。目の機能がしっかり使われているか。体で無理に力が入っていることはないか。足がしっかり地面に着地できているか。あたりも脳トレとして大事なことだと思います。

 

10シリーズにはそのあたりの、チェックや改善を行うことも行なっています。耳がよく聞こえるとか、見える世界が違うとかいう感想が多いのはこの辺りの身体能力の改善から来るものです。意識できない体のパフォーマンスやポテンシャルのチェック&トレーニング&施術みたいな機会、人生折り返し地点あたりで受けておくと、その後の人生が変わってきます。健康年齢も伸びてくことになりますね。

 

一番大きいのは、自分の思い込みを修正できることなんじゃないのかなと思います。自分では気がつかないし、他人は指摘することさえできない無意識の部分なので、自分を大切にする人が自己投資として、10シリーズ受けられる方が多いです。

 

自分を大切にする、そんなあなたにシフトしてみては、如何でしょうか?

 

リアルな世界を取り戻す

今、ここを生きる。よく言われる言葉です。わかっているようで、わかってない言葉だと思います。或いは分かっていても体現できていなかったり、分かっていると思い込んでいることだと思います。

 

現代社会は、人を今に生きさせない方向へ向けがちですし、自分でも、過去のイメージや感じ方の中で、現実を捉えようとします。今、ここで起こっていることをリアルに感じようとする感性が鈍くなっている。そんな風にも思います。


踊る大捜査線風にいうと、「室井さん!事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!!」っていう感じですかね。自分の現場にいないとなかなか生きている感じはしなくなってきます。現代社会とは会議室にいて、自分がすることを管理しているような感じです、脳研究の養老孟司さん風にいうと、「現代社会は脳化社会だ」そんな風に感じます。

 

脳が会議室。体が現場。そんな感じで考えると分かりやすいですね。

 

 

現場にもう1度出てみたい人、そんな風に思った時は、体の声を聞く。自分の原点に出会うようなこととても大切なことだと思います。身体感覚を取り戻す。自分の本来の呼吸。自分本来の身体感覚を取り戻す。そんなセッションです。

 

あ、思い出しましたが、制作者時代、CM撮影で、織田さん一度ご一緒したことありましたね。

 

違う自分に出会う

毎日起きて、仕事に行って、いつもと同じメンバーに会い、映画を見に行ったり、友人と食事をしたり。楽しい時を過ごす。そんな日常。結構満ち足りている日々。

 

でも何か感じる違和感。本当の自分は違うんじゃないかと感じる無意識の囁き。このままの今が続いていくことに対する身体感覚。

 

エゴが私を支配しているマトリックス。安定や安心だけで生きていくのは、少し違う気がする。そんなことを感じた時が、ロルフィング適齢期です。私らしい私に出会える。そんな時間を約束しましょう。

 

脳が作る安定装置に埋没せずに、体からのメッセージに気がついて。あなたはもっと素晴らしいことを体で体感しましょう。私がガイドです。決断したあなたを不思議な移行空間にお連れしましょう。

 

あなたの勇気に乾杯。あなたの愛にハグを。

旅は道連れ

オーガスタス・エッグ作「旅の道連れ」
オーガスタス・エッグ作「旅の道連れ」

 

僕らが旅に出る理由があるのか、ないのか分からないけど。

 

旅の途中で出会ったものは何か理由があると思う。

 

出会う人とは、何か縁があると思う。

 

そうやって僕らは、無意識に導かれて、次へと向かう。

 

人生が展開していかない人は、旅に出るといいと思う。

 

理由があろうがなかろうが。

 

 

 

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