ブログは日々、感じたことなど3日に一度くらい綴っています。ロルフィングだけでなく、身体、意識、世の中、ライフスタイル、その時その時の心の触発したものを言葉にしています。サイト内検索付けました。


自分の体を思う通りに動かしていく

今まで歩く時に踵を意識したことがなかったのですが、今は踵の骨が、地面に着地して、グラウンディングができているのを感じられます。あと、肩周りは、仕事中、たまに力が入ることもありますが意識的に力を抜くことができるようになり、その力を抜いた状態が続くことで、前よりだいぶ肩凝りが楽になっているなと気がつきました。アクアダンスの時に腕が伸ばしやすくなった感じがしています。定期的にビデオで撮影をしていますが、ビデオを見てみると、腕が以前よりきちんと伸ばせていて、表現力が付いていることがわかりました。(→全文

 

 

 

 

(ロルファーコメント)

ロルフィングで変化することはいろいろあります。例えば自分の身体で気づく力が増えていくこと。その時は身体の動きも変化して、思うように動けていること。表現力がついていること。身体を使う自己表現をしている人にとって、自分の動きができている喜びは何ものにも変え難い喜びになっていくと思います。

適切な距離感

 

10シリーズ中、身体が劇的に変化する回と、それと逆に「?」が付くような回とがありました。それは、普段から意識しているところかそうでないかによって、大きく違ってくるように思いました。また、何度か「ええっ、そんなとこ???」と思いもよらないような筋肉(筋膜ですが)や、「そっちの方向に伸びるの!!」と、思いもよらないような方向でリリースされて、びっくりしたことがありました。セッションを受ける中で、やはり「独力で身体を整えていくのは、限界がある」と実感しましたね。(→全文

 

 

 

 

(ロルファーコメント)

 

ソシアルディスタンスが叫ばれる今日このごろではありますが、適度な距離感を持って、行っていくセッションスタイルは、時に独力を凌駕します。技能的なこと、スキルアップは、もちろんコーチングが相応しいでしょう。身体を整えていく、身体から自分らしい表現を見出していくという場合は、色々な可能性を探っていけると思います。そんな感じで考えていただければ幸いです。

長く続けていくためには、ある距離感から見るから見えてくる、そんなことも多いのです。色々な学びと気づきを経験をすることでしょう。

 

 

クロージャー

Closure.

 

辞書に書いてある意味としては、閉鎖、締め切り、閉店、休業、終止、終結といった感じで、終わってしまう感じで、あまりいい感じのしない言葉が並びますが、ロルフィングでいうクロージャーは終わるを積極的な意味で使います。

 

英語だと一般用語かもしれないけど、日本語では普段使わない言葉です。ロルフィングはアメリカ発祥のものなので、ロルフィング用語は基本的に英語が基本です。

 

そしてこのクロージャーというのはロルフィングの構成する5つのプリンシパル(原理)の中にもこのクロージャーというのがある位、重要な言葉の一つです。

 

 

 

「物事が終わるということは、新しい何かを始められるということ。」

 

つまり

 

「ちゃんと一度終わらせないと、新しい何かは、始まらないということ。」にもつながります。

 

 

 

毎セッション毎セッションその日のクロージャーを意識してセッションします。

そして10シリーズ全体としてもシリーズとしてのクロージャーを大切にして

してクライアントを送り出します。

 

 

 

 

 

 

自分の身体で感じることが出来る

 

今まで頭は頭、腕は腕というようにバラバラだったのがロルフィングを受けて身体がひとつにつながって動いている気がします。そして心と身体が不思議なほど素直になってきました。

 

施術中はたいへんリラックスでき終わったあと立ち上がると、大地に足がしっかり着き一回り背が高くなったように思えます。目線が変わるせいか見るものが新鮮に映ります。(→全文

 

 

 

 

身体感覚が、安定するとか、一体化して動いているという感覚、目に入るものが違うという経験は、まさに感じたものにしか分からないものですね。

理屈ではなく、体感であること。自分の体で経験できる楽さ、自由さを是非手にして欲しいと思います。

 

10回のシリーズですが、きっと初回から変わっていく身体の感覚を感じられると思いますよ。

 

 

 

ロルフィングのアプローチ

 

 

ロルフィングのセッションをする場合の、ロルファーがどうやってアプローチをしていくか。アプローチのタクソノミー(分類法)には、いくつかの種類があります。

ロルファートレーニングでも習う代表的なものを書いておくと、

 

 

1構造的なアプローチ 骨とか筋肉とか構造的にみていきます。

 

2機能的なアプローチ 可動域とか、動きとか、制限とか見ていきます。

3幾何学的なアプローチ 体が本来持つ、全体的な性質、方向性や、前後、上下、左右、三次元空間の中の確保されていくスペースとかからアプローチします。

4精神生物学的なアプローチ 精神状況や考え方、感じ方、また胎生学的なアプローチを指します。

5エネルギー的なプローチ 身体のエネルギーの現れ、勢い、流れ、エネルギーが塞がれている、開いているとか、動きやパターンで内と外でのエネルギーの現れ、厚み、太さ、などからアプローチします。

 

 

こうして書いて見ると、10シリーズのセッションでは、ほぼ全てのアプローチを使用しているように思います。

 

 

僕の場合は、これ以外に心理的なアプローチ、イメージや表現的なアプローチ、関係性からのアプローチなども併用しています。これは、このお客様で、心理的な需要が大きかったことにも起因しますが、カウンセリングの世界でいう所のカール・ロジャーズのクライアント中心主義ということを考えていたらツールとして良いものが色々あって、色々と心理学的な手法に興味が進んでしまったのもあります。

 

あまり広げていくと、クラシカルなロルフィングからすると、どこまでがロルフィングなのかと思える面もありますが、昨年アドバンストレーニングのインストラクターから聞いた話ですが、「ロルフィングでないものは何か?」という問いを我々ロルファーに投げかけました。そんなこともあり、僕はロルフィングの文脈でこれまで扱っていたものでないものも、ロルフィングにぶつけていくことを自分として行なっている面があります。

 

何と出会っても、ロルフィングはロルフィングで、そうして社会や世界の様々なものの中でこそ、ロルフィングは発展していくのではないかと思っています。ロルフィングは完成した体系ではなくて、まだまだ発展途上のボディワークで、これからも変わっていくし、社会の中で交わっていかないといけないのだと思っています。一つ知っていって欲しいのは、ロルフィングは、人間の身体が本来持っている潜在能力や自然な治癒力を引きだしていく画期的なプログラムだということです。これはどんなタクソノミーが生まれてこようが変わらずに実現されていくものだと思います。

 

 

 

一時的

 

こんばんは。

 

住まいの東南面に立っていた建物が取り壊され、家から見える空が広くなりました。昨夜眺めていたら少しだけ東京タワーが見えるようになりました。

 

気のせいか、例年よりも立ち寄る小鳥の数も多いように思います。

いつかまた建物が立つとは思いますが一時的な広い空、光の多い部屋を楽しみたいと思います。

 

 

眺めが変わること。ちょっと新鮮です。

それが一時的なことだとしても、ちょっとした驚き、気づき、そんなものが多い人生の方が楽しいように思います。

 

 

人生に、自然と革新を。

 

変化と気づき

 

 

筋膜について存在自体は知っていたけれど、これまで勉強して来ませんでした。ロルフィングをやってみて、筋膜のつながりを再認識しましたので、解剖学や筋膜の書籍で勉強し直している最中です。今までは「筋肉と骨」という観点だったところに、新たに「筋膜」という観点を得られました。施術で変化して楽になった部分と、自分自身が理解して身体の使い方が変わった部分の気づき、その両方で身体が楽になったのだと思います。(→全文

 

 

 

 

 

(ロルファーコメント)

新しい動きができたり、身体が変化しても、それが自分のものになっていないと、同じ動きだできなかったり、再現性も薄れてきます。私のセッションではその新しい自分の動きへの「気づき」の部分を大切にしています。それは、その方、一人一人違うもので、その人の気づきへ向け、意識と工夫を向けていくように心がけています。あなただけの体への気づきがあなたの人生をより豊かなものへと変容させていきます。

Already touched(既触感)

 

知人から三線を譲って頂きました。

ギターよりコンパクトで持ってみるとこんな感じでなんかしっくりきます。この触感覚、初めて持った気がしません。

 

何時ぞやか、過去生をみて貰った時に言われてのは、日本の南方エリアで起こった400年前ほど前の戦争で亡くなった部族長の長男に生まれ、戦争で亡くなったそうです。その時代の手触りが残っているのでしょうか。

 

三線の歴史は古く600年くらい前に中国から持ち込まれた楽器を元型に発展した楽器で、琉球の人々に寄り添いながら、心の音を奏で続けてきました。

 

そして前述の400年ほど前に、琉球王国は三線を宮廷楽器として正式に採用し、歓待などの行事に使用するようになったと言われます。

 

当時の琉球王国は、日本から独立した存在で、歴史的にいうと、琉球侵攻という薩摩藩からの攻撃を受けた史実が残ってます。その後、日本に併合されていくことになるキッカケとなる出来事です。

 

この話はまたいづれ書き足したいと思いますが、史実や、奄美大島、それから沖縄に残る遺跡を2015、2019年と実際に巡ってきて琉球、奄美、薩摩藩、豊臣秀吉から徳川幕府成立に至る時代の歴史ファンタジーがビジョンが浮き上がってきました。三線が宮廷楽器になった背景や経緯、ちょっといろいろありそうです(笑)

 

さてこの蛇皮を使用した奏楽器、何か繋がりを感じますね。

僕の手元に縁あってやってきました。

自分の前世に想いを馳せながら、ギターの練習の合間に少し弾いてみましょうかね。

 

琉球の曲は好きな曲はいろいろありますが、

音楽仲間のアリスさんから、いつか安里屋ユンタを聞かせてください、

と言われたので、その曲から練習しましょうかね。

 

 

 

 

 

安里屋ユンタ

 

 

 

竹富島の安里屋にいた絶世の美人クヤマを詠んだ叙事詩風のもので、美人をたたえ、さらに人生観として、役人より島の男を選ぶといった歌詞で、島では男女掛け合いで歌う仕事歌として歌われてきた民謡です。

 

第二次世界大戦中、宮良長包が、この唄を編曲、流行歌調に仕立て直したところ、各節の終わりに繰り返される「マタハーリヌ チンダラ カヌシャマヨー」(離りゆく愛(かな)しき人、の意)が、本土からきた兵隊には「死んだら神さまよ」と聞こえるため、世相風刺と自嘲から盛んに歌われ始め、日本中に広まった。とされます。

 

 

どうでしょう、実際に聞いてみてください。そんな風に聞こえますか?

 

 

 

 

身体はリズム

こんばんは。

 

身体というのはリズムを刻んでいます。

 

呼吸は成人の場合、1分間に12~20回の数が正常値とされています。(今自分の呼吸を図ってみたところ14回でした。)正常値は年齢によって異なり、新生児では35~50回、乳幼児は30~40回と言われています。

 

あと脈拍というのがありますね。健康な成人の安静時の脈拍数は、1分間に約60~100回となっていますが、個人差が大きいです。(今自分の脈拍は、夕食後で、71回でした。)

運動すると青年期は160回、年齢が上がるにつれ下り僕の年齢だと130回くらいでも目標値になっていますね。無理ない運動が望ましいです。

 

 

クラニオセイクラルの時には脳髄液のリズムをカウントすることがあります。大体1分間に6~12回とゆっくりとしたリズムです。さらにゆっくりのリズムもあります。身体の色々なリズムを整えて、身体や脳の状態、神経に落ち着いて貰うことが必要な倍位に、リズムを整えるようなセッションで行います。

 

 

リズムの話を少し進めてみます。

 

アドルフ・シュタイナーが身体の周期的なリズムに関してこんな言葉を残しています。

 

「人体のリズム」に関して、シュタイナーは、自我(たましい)のリズムは24時間、アストラル体(こころ)のリズムは7日、エーテル体(いのち)のリズムが28日としています。

 

 

ちょっと例えてみるとこんな感じです。

悲しいことが起きた場合、それが自我の感覚だとしたら24時間ほど、しっかり感じれば消えていき、心を痛めたとしても、頑張って1週間しっかりと悲しみを感じれば、その痛みは薄れていく。死んでしまいたいくらい衝撃的なことがあっても、しっかりと28日感じきれば、癒えていくものだという感じでしょうか。

 

 

しっかり受け止めるということが大事なのですが、受け止められずに、(傷つかないように)ブロックし、そのパターンを反射的に繰り返してしまうみたいなこともあります。心理学的な見解だと、完了させることができずに、恐怖や不安と合わせて何かしらの、防衛と呼ばれる代償行為に走り、自分を守っている状態で安定しているようなパターンです。なかなか自分では気づけないことです。

 

ボディワークでのアプローチが時にメンタルなものになるのは、感情というのは身体的なものだからだと思いますし、クライアントの幅、セッションのテーマが、ここ5年くらい増えてきたのは、身体から、心身のフィールド、ソマティックな文脈へと広がってきたのは、心の病性が増えたからでしょうか。新しい人生の行きやすいリズムを探しに、身体の中へと、探検の旅に出て行くような感じでしょうか。身体は奥深いものです。

 

 

年齢は気持ちが決めるもの

 

気がつけば僕も白髪が増えてきました。

 

鏡に映った自分の姿に年を感じてしまうことあるかもしれません。一般に年齢を重ねることによる変化を我々はなかなか受け入れることができませんね。

 

つい若いふりをしたり、気がつくと自分の半分の年齢の人たちに囲まれていて、無意識に比べてしまったり、また過去の自分と比較して葛藤の中でもがき続けていることだってあるかもしれません。

年齢というのは自分の気持ちが決めていくものです。一般論があるわけではありません。

 

「大人に見えるようになったぶん、魅力的になったのだ」と素の自分を晒してみるのはいかがでしょう。実際は、未熟に見えるより、成熟はずっと素敵だし、自分に対して別のアングルを持てれば輝いているあなたにまた出会うことができると思います。自分に対する全体的な捉え方が出来てくると自分の力、感じることが出来ますね。

 

絶対的な年齢うんぬんより、何よりも大切なのは、自分を生きやすくしていくことを意識していくことだと思います。今の時代、しっかりと自分の領域で生きている人、変化を風のように乗りこなしている人、その人なりの自分らしさを見出している人などの惹きつけられます。

 

自分の体、そして心の今を、ゆっくりと眺めてみる機会を持ってはいかがでしょうか。

しっかりと自己認識していくことは、新たな自分に出会えます。

稲穂の実るとき

 

稲穂の実るとき あなたが好き。       

昔、そんな歌がありました。

 

作詞はいとうせいこうさんでしたかねー。

色々な情景が浮かんできます。

 

グループLINEでの会話で、農業を営んでいる昔の友人が田植えが忙しいと話していました。

僕には田植えの経験はありませんので、田植えの忙しさに実感がありません。へーそうなのかと思いましたが、 その時、若い頃に経験した、記憶が思い出しました。

 

 

当時住んでいた市で募集のあった今でいうシェア畑を始め、色々と植えてみたのです。

 

植えるのは良かった。

 

しかし、実りの時まで、夏の水やり、病害虫、栄養状態、間引きなど続いていく作業の中、育てていく大変さの中、挫折しました。

 

それはプランターでのガーデニング経験しかなかった当時の僕にとって大変でしたね。

最近のシェア畑はどうだろう、育てる講座などが一体化してたり、色々なサービスがあり、

関わりやすい仕組みになっているように聞きますね。

 

 

 

1年間、実るときを夢見て、育てていく。

それは大変だろうと思いますね。

それは好きにもなるだろう。

 

 

そういえば4、5年前のクライアントさんで、

こんなことを話す人がいました。

先生、私のことはみんな好きになるんですよ。 

 

当時、彼女の言っていたことは、ぼんやりとしかわかりませんでしたが、

それはきっと、稲を育て、実らせるような人だったのだろうな。

そんな風に思います。

 

またセッションにお越しください。

お待ちしています。

 

 

それにしても、

稲穂の実るとき、あなたが好き。 

深い言葉です。

 

 

さて、春の田園風景をみていると、美しくて息を飲むくらいです。

以前、新潟の田園地帯にテニス合宿に出かけたことがあります(→

狩りから稲作への変化は、もしかしたらこの美しさと出会いかもしれませんね。

 

 

半農の知人へ連絡を取り、畑作業を手伝うと申し出てみました。

とりあえず今年は収穫だけにしておこうかな。

 

 

 

 

自分の為の時間(セルフリリース)

 

 

コロナ期になってからよく使うようになった机が少し乱れてきていたので、今日は机周りの片付けをしました。

 

机の横の資料入れに資料を分け、最近置きっぱなしになっているギターをケースにしまいました。一番は机に積み上げてある最近買った書籍群でしょうか、いわゆる積読(つんどく)状態の本たちを本棚に片付けました。

 

ネット上に色々な資料や動画が出るようになりましたが、やぱり本は本で、本から得る貴重な情報も多く、気になる本はどうしても購入してしまいます。

 

昼食には二八蕎麦を茹で、好きなだけネギとゴマと使い、買ってあった蓬餅を焼いて海苔と醤油で食べました。炭水化物が多めですが、たまにはいいでしょう。

 

ブックエンドを買いに駅方向へ向かい、2つ購入、先ほど入りきれなかった本たちを収納しました。

 

自分を整えるワーク色々考案しました。

今日は、自律神経を安定させるワーク、血流改善のワーク、足のミディアルラインとラテラルラインのバランスを取り直すワーク、これがなかなか素晴らしいワークで、記録に困ってとりあえず映像にとっておきました。

 

いいワークを行うと、目がよく見えるようになり、周りの空間とボディの関係性がよくなり、身体も安定してきますね。セッションでもご紹介しています。

 

WITHコロナが長引いていますが、自分の為の時間、過ごしていますか。

 

 

セッションの感想【30代女性/会社員】

 

施術が終わって、帰り道を歩きながら、ズボンが緩くなっているのに気が付きました!特に、お尻の部分にだいぶ余りができていました。骨盤が全体的にきゅっと締まって、細くなったようです。


吉田さんの施術は、よくある普通のマッサージや整体とは全く違うもので、身体の箇所を、本当にソフトに触れたり押さえたりしていく感じです。

なのに、このように明らかなビフォーアフターが生まれることが、とても不思議で面白いなぁといつも思います。まるでマジックのようですね。

そして、身体について教えてくださることは、いつも大変参考になります。普段は意識していないけど、施術後の、軽くなって重力から解放されたような身体を感じてみると、いかに自分が、強張った苦しい身体で生きているのかがよく分かります。ロルフィングをしてもらい、少し身体の意識を変えるだけで、ぜんぜん違う身体になってしまうんですね。骨盤の傾き方など、意識するようになりました。

普段、無関心だった自分の身体に意識を向けていくと、細胞のひとつひとつが動き出し、

身体がイキイキとして「いまこの時」に生きているような感じがします。

 

うまくいえないけど、身体と仲良くなれたような感覚で、とても嬉しい(*^-^*)

どうもありがとうございました!

 

 

失ったものを取り戻す。

tetsuさんとのセッションは、自分の中にあった無意識になんとなく感じていたこと、思ってたことを、改めて意識するそんな機会だった気がする。私は子供の頃、ずっと自分が失っていて、自分を失ったまま大人になった。それを取り戻すために、その後自己表現を始めた。自分らしさを掴みたい!みたいな感覚で、演技したり、曲を作ってきた。それと似たような感じで、自分が失ってた自分の身体を動かしている主体性の部分が得られた気がする。(→全文

 

 

 

(ロルファーコメント)

 

モチベーションや主体性の喪失を年齢や境遇、環境のせいにしてしまうことは、現代社会では多いと思います。彼女は、様々な自己表現へのトライアルをしている繊細な方、生じ始めていた細かい身体的な違和感を整えていける自分の身体の力を再確認していく中に自らのクリエイティビティの全体性や在り方への気づきが多数感じていらっしゃいました。シリーズ中の現実の生活での変化も嬉しいニュースでした。

 





都市の緑

こんばんは。

 

ここ2週間ほどに僕が出会った街中の緑、ランダムに取り上げてみました。

 

特別に選んだわけでもなく、たまたま写した写真です。

 

さて、どこだか、お分かりになりますか?

 

 

街中にも緑は色々ありますね。

 

都市だからこその工夫もありますね。

 

ちょっと目を緑に移すだけでも、

 

目にもいいし、身体にもいい感じですよ。

 

 

 

種蒔く人

 

近隣コミュニテイのイベントでひまわりの種を蒔いてきました。

 

秋の収穫まで、水やりや間引き、ナメクジ駆除など、種の収穫まで、ひまわりの成長を見守っていきます。

 

ひまわりは漢字で書くと、向日葵、文字通り、太陽の方を向きながら成長していきますが、花が咲き成熟期になると、東方向を向いて止まるのだそうです。

 

ひまわり側の特性も色々あることながら、なるほど、大人になると、ある方向にベクトルを定め、向きを定め、動かなくなるというのは人間にも似ている気もします。

 

もっとも人間の場合は、自由意志もありますので、ずっと動き続けてもいいし、あっちこっちベクトルを変えることも許されています。その時の自分が自分で判断し自分で選択することができます。

 

セッションをするようになって沢山の人に出会うようになり色々な人生を見てきました。

安定志向で実直な人生を歩んできた方、変幻自在に動いてきた方、ひとそれぞれで多様な人生が見受けられます。

 

 

動こうが動くまいが、人生を生きていくその原動力が何かというと、身体に内在するパワーの場合もあるし、使命感とか信念とかの場合もあるし、或いは関係性や場の方針、空気感の場合もあります。でもひまわりと同じく、太陽の方を向くみたいなメンタリティは、同じなんじゃないのかなと思えます。

 

10シリーズ後に動き出す人が多い気がするのは、身体には、何か、ひまわりのようなものが、内在されているのだと、ひまわりの咲いた姿を幻視しながらかんじていました。