2016年7月から、日々ふと感じたこと書いています。

シックス・センス(その3)

日本人は会話は出来るけど、対話が苦手だとよく言われます。確かに日常生活で話をしていいて、おしゃべりで、よく話す人がいても、たくさん話しているだけで、対話の出来ない人が多い気がします。無意識ですが、自分の話しかしない人も多い気がします。

 

思えばロルファーになる前は、僕もそうだった気がします。対話力というのはロルファートレーニングで鍛えられます。なぜかと言うと、身体的な介入には対話が必要だからです。不思議に思うかも知れませんが、自然な身体自体の特性として、そう言う風に出来ているのです。

 

深い部分、コアへどうやってリリースするのですかとよく聞かれますが、対話を続けて介入していけば、身体の深い部分へも介入出来てきます。それは意識が司っている部分とも違う脳の管理・管轄になっているのです。自分の無意識にアクセスされることは、日常生活ではあまりありません。ですから意識にとってはびっくりです。そうして深い部分からのリリース、そして統合化を繰り返し、身体の機能的なユニットとしての健全性を高めていくことにより、機能的な回復が行われるのです。この時、知覚はその前とはだいぶ変わったものとなっています。不思議ですね。

 

この辺りは言語化は難しいのですが、ロルファーにとっては、比較的意識的に行うオペレーションの一つと言えます。新しい知覚を身体に下ろしている感じでもあります。それは特殊技能かと言えば、僕は特殊技能ではないと思っています。なぜなら、ロルファートレーニングを通じて出来るようになったものですので、多分昔の人間、道具や技術や科学に頼らない時代の人間には出来たことだと思っています。縄文人のような知覚が蘇っているのかもしれないなと思ったりします。本当のところはどうでしょう。           (つづく)

 

 

シックスセンス(その2)

 

ロルフィングのセッションでは知覚に変化を感じる方が多いです。知覚というのは、五感でいうと、視覚が鮮やかに、鮮明になっていく、立体的になるという方もいますし、帰り道、やけに飲食店からの臭いを強く感じたと、匂いに敏感になる方もいます。

 

音が全方位的に感じる方もいますし、あるいは足の地面の触れ方、安定感、平衡感覚、体感、身体の在り方が変わった!という方もいます。うまく説明できないが、身体が在る!という感じがする。などうまく言葉で説明できない人も多いです。この辺りは、身体の外の感覚、五感ではなくて、その1の時に話した、固有感覚、内臓知覚など含めた。名前のついてない感じ取る力が全般的に発露してくる、そんな状況の方も多いです。

 

どうしてそういう風になるかというと、深い部分の脳を刺激しているからです。小脳とか脳幹とかに繋がってくるレイヤーをセッションで活性化しているからです。そうした無意識に繋がる部分の変化は、意識下のものなので、意識下に対する感性の有無や感受性で感じ方は変わります。生まれて初めての経験にびっくりする人もいるし、なんか違うが分からない人もいるし、キョトンとしている人もいます。皮膚の下、身体の中に存在する固有感覚は、人それぞれに違うものですね。

 

 

最近は、そうしたたくさん在る知覚を使わずに、言葉や、パソコンやスマホによる2次的3次的な感覚でしか表現せず、本来持っている感覚は眠らせたままで、感情や身体的な表現はされないことも多く、知覚の単調化による違和感も多くなっているように思います。その状態自体を自分として守るため、なかなかその知覚体系から出られないことも多いです。

 

身体的には、もっと表現したいことを、抑えたり、コントロールしすぎて、意識的な葛藤が、身体的な違和感として出てくるとかいうことも多々在るのだと思います。そして違和感や症状だけを薬や代償で押さえ込もうとします。 

 

 

 

シックス・センス(その1)

お盆も近いということで、怪談ではないですが、ちょっと今週はオカルトシリーズ?で書いてみます。

 

まず以前書いた「シックスセンス」という話を膨らましてのリニューアル版です。「シックスセンス」は、1999年に公開された映画で、(下記参照)人間の知覚である五感(触覚、視覚、聴覚、味覚、嗅覚)以外に6番目の感覚というのがあるということをモチーフにしたホラー映画です。

 

6番目の感覚はこの物語の中では、霊感ということになっていました。死んだ人が見える少年のお話。彼の話では、死んだ人は自分が死んだことに気がつかず普通に生活しているというオチでした。なんでしょう、シックスセンスって。霊感って本当にあるのか? その前に五感以外に感覚というのはあるのか。その辺りから入ります。

 

知覚というのは人間はたくさんあります。主に五感は体の外を捉える知覚です。それ以外に体の中を捉える知覚があります。例えば内臓知覚、固有感覚など体の中を感じる知覚もあります。また気配や雰囲気を感じる知覚もあります。特に日本人はこの知覚が顕著ですね。だから本当は五感どころか六感、七感、いやもっと多彩な感覚が人間にはありそうです。そういうもの全てを含んでシックスセンスと呼んでいるのかも知れませんが、五感でさえ全部使わないそんな日常生活になりつつあるのが現代の都市生活のような気がします。

 

 

それにしても自分が死んでいることに気がつかない、そんなことあるのでしょうか? そこら中に、霊がうようよしているのか?もしそんな状況だったら怖いですよね、確かに心霊現象とか、テレビでもよくやっているし、何かありそうです。

色々総合して考えると、全く何も無いということでもなさそうですね。前世や前々世、歌にもありました前々前世とか。死んだ人の世界はどこにあるのか。違う世界があるのか。あるいは違う次元があるのか。「信じるか信じないかはあなた次第」のような不思議なことは、大昔から我々の身近に存在しますね。

 

(続く)

 

  

映画シックスセンス・予告編リンク貼っておきます。

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大学イモ

大学イモが好きです。

春に泊まったホテルの人に教えていただいた簡単大学イモの作りかたをご紹介します。これなら誰でも簡単に美味しい大学イモが作れます。ぜひお試しあれ。

 

 

1 金時を乱切りします。

 

 

2 水で湿らせたキッチンペーパーを金時に被せてラップします。

 

 

3 電子レンジで1分30秒温めます。

 

 

4 温めたフライパンにイモを入れ、大さじ1杯の油を加えて焼き色が着くまで中火で温めます。

 

 

5 イモに焼き色が付いてきたら、弱火にし、お好みで砂糖を加え、炒めます。

 

 

6 砂糖が溶けるまで炒めます。

 

 

7 火を止めお好みでザラメを加えます。

 

 

8 余熱でザラメが少し溶けたら完成です。

 

セルフチェック&リリース

朝起きると、ベッドを出る前に自分の身体の状態をチェックします。まずは毒虫になっていないか?(というのはジョークですが)、全身の状態を確かめるように、ゴロゴロしながらスキャンしていきます。足の指、足首の稼働に始まり股関節、顎関節、そして頭の上、頭頂骨のポジションや側頭筋の張りまで確認します。

 

やり方は、以前アメリカ人インストラクターのキャロルから教わったものを自分流にアレンジしたものです。また1日の終わりの寝る前にも別のやり方で、呼吸や全身をスキャンをしてから睡眠に入ります。

 

この辺りは、セルフチャック&リリースとして公開していますので、興味ある方はご連絡ください。

 

自分の体を、自分で確認し、整えていく、状態を確認すること、数字化されない身体の調子をチェックすることは、人生100年時代と言われるようになった現代、体にもメンテナンスや保守点検という発想大事だと思います。人間ドックだけ受けていればいい。そういう風に思われる方もいるかもしれませんが、数字が悪くなることと、自分の身体の調子をよくしていくこと、自分である程度コントロール出来ることは、別のことです。筋トレというよりは、コンディションを整えたり、身体の調子を確認していくような感じです。

 

我々の頭は、どんどん楽することを考えます。慣れた行動、慣れた動き、多少無理してグキッとしてしまった後のリリース。少し調子が悪くても、自分の身体のいい状態を自分で作っていくことが出来ると、少し余裕が生まれてきます。習慣的に、ヨガや瞑想をするのも良いでしょう。そういう余裕がない方でも、寝る前や起きてすぐに出来ることはたくさんあります。

 

人間ドックや検診では賄えない、自分の身体を休ませるコツ。自分の身体をオンしていくコツ。自分の身体と気持ちをシンクロさせていくこと。大切だと思います。毎日の積み重ね、新しいメンテナンスやスタートアップの習慣が、あなたの状態を作っていきます。

 

 

 

足に目が??その2

足の目、手の目という話を続けます。

 

これは言ってみれば比喩のようなものですね、視覚というのは知覚の中でもダントツに情報量が多いので、足や手に目がついている位に情報量が増えてくるというような意味でつけたものだと思います。

 

手足の情報量が増えると一体、どんな風になるのか、イメージがわきにくいかもしれませんが、立ったり、歩いたりする時、あるいは壁や、ものに触れる時などの知覚や自由度が向上したり、安定感が増したり、そんなイメージを持ってもらうといいと思います。

 

人間は、立っている感じや、歩いている感じは、皆同じようなものだって思っていませんか?

 

みんな同じなんてことはないんです。それはスポーツ選手や何か特別なものを作り上げるクリエイターだけでなく、一般の人でも、一人一人知覚は全然違うんです。だからロルフィングを受けて、自分の知覚が変わるとびっくりするんですね。みんな感覚は、絶対的なものだと思い込んでいるだけなんです。思い込みから離れる時、自分では信じられないような感覚が自分に戻ってきます。捉え方や感覚が、考え方や常識を凌駕していく時です。言語を超えるって本当にあるのです。

 

手や足には、知覚神経としては歴史の古いタイプの組織が残っています。これを開いていくと、固有感覚も高まりますし、それに呼応して、五感も活性化してきます。新しい知覚が、新しい身体感覚にあなたを連れていきます。

 

 

足に目が??

こんばんは。台風接近中ですね。台風に目がありますが、ロルフィングだと足にも目があるとしています。

 

足に目ってどういうことでしょう??

まさか足裏から見えるようになるということ?

台風だと目が見えていると台風らしい台風というか、しっかりした安定感ある台風ですね。(決して我々にはありがたくはないのですが、笑)

 

足も、足の目が開いていると、ズシリと安定感ある着地感が実現されます。グラウンディングがしっかりとした立ち方である感じがします。我々の身体は視覚情報が80%、目で見えることが安定感であり、安心感です。足も目が見えるかのごとく着地のグレードが変わってくるということです。足に目っていう発想は面白いですね。

 

同様に手にも目がある。という発想をします。手足の目が開いて、足らしい足、手らしい手ができてくると、軸から始まる動きやすい手足が感じることになります。ちょっとした新感覚です。面白いですね。手足の目を開いて自分らしい身体を取り戻しましょう。

 

ニュートラルになるということは、新鮮で、面白く、体で感じる楽しい体験です。

 

 

ロングライフデザイン

 

D&DEPARTMENTと言えば、渋谷ヒカリエの8Fフロアをプロデュースしていています。売るだけでないさまざまなイベントを実施していて、僕もたまに参加しています。

 

「ロングライフデザイン」とは、形状や意匠のことだけではありません。物の作られ方、売られ方など、デザインを取り巻く環境が揃ってこそ、長く作られ、使われ続ける物が生まれると考えています。ということです。つまり形だけではなくて、関係性を含めたデザインを大事にしているという発想です。とナガオカさんは言う。 

 

それを聞いていて、同じだなと思いました。体も本来はロングライフなものなんだと思います。ロルフィングは、同様で、体の痛みを取るだけでなく、構造や見た目のことだけではなく、体の動き、習慣など、身体を取り巻く環境が揃ってこそ、長い間、健康で使われ続ける身体がが生まれると考えています。そして身体の使われる環境との関係性を引き出してくるものです。決して使い捨てのモノではない、ロングライフなニュートラルボディを求める方のセッションです。

 

 

 

 

D&DEPARTMENT

 http://www.d-department.com/jp/  

時代の反映

映画祭が始まり、僕もここまで20本の映画をみました。インドの作品が楽しみです。

 

数日でこの本数を見るのは、生まれてはじめてかもしれません。実写、アニメーション、8ミリを使ったアナログのものから、最新のデジタル編集を駆使したもの。内容もメッセージ色の強いもの、社会的な圧力を出したもの、風景的なもの、最近多いのはストーリーのない、意味のない映像的な表現のコラージュのようなものですね。

 

 

物語でないコンテクスト的な繋がりで作品を構成しているもの。今という世相を表している気がしますが、評論家たちの見解は必ずしもよくありません。意味が分からない。既存の映画の文脈を飛び出しているというのが、その主な理由でしょうが、現実が意味や物語を超えた、繋がりや体現的な現実感になってしまっている今、こうした作品は今後も増えていくのだと思いました。映像表現も行き詰まりと可能性の両面を内在しているように思います。

 

 

ボディワークセッションをしていて、身体やマインドと日々出会っている中で感じることと、「東アジア・エクスペリメンタル・コンペティション」として、日中韓、三ヶ国の作品を集め、幅も作品数も増えている中で感じる全体的なイメージが、なんとなく似てくるのは、人間の不思議で、神秘的なところでしょうか。日本的なるもののの中に、グローバルなもの。グローバル的なるものに反動するオルタナティブなもの。東アジアや汎用アジア的なるものは、確実に我々の意識の中に入ってきているように思います。

 

我々が暮らしている社会の現実感は、すごい勢いで変化しているのだと思います。インパウンド外国人の激増、レジデンス外国人の増大。労働力としての外国人の増大、日本社会の構成人員の変化は、社会意識の中で大きな変化が生じているように思います。意識的な解放、相互理解、共存、環境化、空気感や雰囲気、言語の修正が必要なのかもしれません。そして我々一人一人の身体にも影響、変化がおきている、そんな風に感じます。

 

今一度全体を感じて、今一度自分自身を感じ直すことが一人一人にとって大事な気がします。なんとなく既存の日本語の文脈だけで考えていても見えてこないアングルが必要なのかもしれません。

 

 

 

 

イメージフォーラムフェスティバル  東京では12日までやっています。今年はお手伝いしています。

http://www.imageforumfestival.com/2018/

 

リンパ系

リンパ系は、人間の身体の中でも重要なシステムの一つで、ウイルス、細菌、真菌のような人体にとっての異物から身体を守っています。リンパ管のネットワークは体を網の目のように張り巡らされ、リンパ液という無色の液体を運んでいます。リンパ液は、過剰な細胞組織の液を循環系に運んだり、感染症から身体を守ったりしています。

 

リンパ系は、血管と違い心臓のようなポンプがないため、リンパ液を循環させるのは、筋肉の運動です。ですので、筋肉を動かし続けないとリンパ体系は、滞っていきます。我々は動く物、動物なんですね。

 (なお、両生類や恐竜は、リンパ体系を動かすポンプのような臓器が存在しました。)

 

哺乳類になり、動物となる過程で、この機能は捨てて来た事になります。やはり動物は動かないといけない訳です。この動くという意味では、激しいスポーツや運動は必要なく、歩くとか、ジョギングとか、強度が小さくても、継続的な運動をする事により、全身運動による筋肉の動きによりリンパ系を循環させています。もちろん人間も同じです。

 

動かなくなりつつある我々人間は、動物から別のものに進化し始めているのかもしれません。ある程度していかないと身体のデトックスシステムにも支障がで始めます。健康なうちは良いですが、不健康な生活の蓄積は、身体を調整力に負担をかけることになります。ちょっとした散歩、ちょっとしたストレッチで十分です。身体は色々なところを動かす方が、長い目で見た身体の健全性に寄与します。ロルフィングのような全身の筋肉を使うようにするボディワークは、身体の調整力の土台をリフレッシュするので、リンパの流れ、デトックス力にも好影響がありますね。

 

昨日は、上高地を歩いてきました。気候的にもこの時期に歩くコースとしては素晴らしい場所の一つだと思いました。急いで歩かなくてもいいです。一歩一歩、5感を使って丁寧に歩き、リンパを動かしましょう。

 

こうしたセルフリンパリリース&デトックス力アップ・ウォーキングというセッション(学び、気づき、身体が変わる施術&レッスン)は、ロルフィングフリースタイルで受付いたします。

 

人生100年時代、自己管理力、個人化が求められています。自分の身体も個人化していきましょう。

セルフヘルプ力を高める事を推奨しています。知識だけでも、トレーニングだけでも、施術だけでもない、身体教育&体現のセッションを提供しています。

 

森羅万象

 

 

こんばんは。東京を離れ上高地へ行ってきました。写真は明神池です。真ん中あたりは全て水面です。水に映った山や木々が美しかったです。

 

天地逆さまですが、目が奪われました。 本物より映したものの方が綺麗なんでしょうかね。うつし世とはよく言ったものです。そしてこの中には全てがあるように感じました。

 

ズレや違和感を感じたり、行き詰まりを感じたら、それは意識が本質を見にいく時が近づいているのかもしれません。

 

それは特別なものも、飾り気も装飾もない、在り来たりの自然の姿ですが、それが本質です。それを感じれる時間(とき)を大切にしていきましょう。

合理性や意識的なバランスをとる事を、一段深化させていきましょう。

 

全体性を得るために、意識して動き、意識して自分を手放なす。その新しい自分を得て、また無我に生きる。自分を全部使う。この場所にいるとそんな事を気づかせて貰える気がします。

 

自分になり過ぎる必要もなく、自分を無くし過ぎる必要もない。自然が一番美しいです。

 

脳が映し出す現世でなく、あなたの今を映し出す、ニュートラルな身体からのあなたの目には何が映っていますか?

 

 

 

 

 

ミネルヴァのフクロウ

 

ローマ神話における知恵や英知、洞察力の女神ミネルヴァ。彼女の肩には知性や英知の象徴としてフクロウが止まっています。フクロウは夜行性で、通常人が活動する昼間は眼を閉じて眠っていて、夜闇が近づく夕暮れになると、フクロウは眼を開けて羽ばたき始めます。そして、夜の闇に飛び立っていくのです。

 

ドイツの哲学者ヘーゲルは、「ミネルヴァのフクロウは夕暮れに羽ばたく」と言いました。

理論や理解は、後追いでやってくるもので、実際の行動や現実的な実行によって現実は動いていき、それがなんだったのか頭で分かるのは後からであるという解釈がされています。

 

また人生訓として、知性とか知恵、英知、洞察力や思考力というものは、最盛期を過ぎて衰えが目立つようなときになって獲得するという解釈にも使われます。

 

ロルフィングも同じで、ロルフィングを受けた時よりも、後から気がつく。そういえば!変わっていると後から分かることも多いのです。統合のワークというのはそういうものなのです。

 

なぜかと言えば・・・それは説明を聞くよりも体験してみると後からわかります、笑。

 

やっぱり体験談の方が説得力がありますね。(→体験談

 

 

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時間軸を曲げて

時間と空間。そして身体と意識について。また意識と無意識についてとか。そういうことが疑問である方や、色々考えたり、問い続けてきた方などは、身体を帰るという方法論は、分脈が増えますので、たくさん気づきがあります。

 

身体による統合体験は、色々と新しい知覚が増える機会ですので、考え続けても分からなかったことに付くこともあります。しかし脳にとっては、全く新しい経験(と言っても元々の自分の方へ戻るだけなんですが、)

 

身体的体験は、何が起こったのか、認識できないことも多いです。身体は、言語を超えています。なのでセッションでは多少、「対話」という手法を使って、その方の体験を経験にするお手伝いをすることになります。

  

 

さて、時間というのは、時計のように過去から未来に一直線に並んでいると思いますか?もちろんそういう時間もありますが、実際は、そうした均一的な時間とは別に、個々の人間ごと、心理的な時間があると思います。楽しいと時間が過ぎるのを忘れる。とか、歳をとると時間がすぎるのが早くなったとか、聞いたことありませんか。

 

実際はどうなんでしょう。僕思うに、楽しい時は楽しさの中に自分が入ってしまい、無意識になりますので、時間のことを忘れてしまい、時間が経過しているのではないですかね。つまりはゾーンと呼ばれる意識状態で、ご本人の意識は無我の中、長い時間の中の楽しさを感じているのだと思います。

 

また年を取るというか、認識力が落ちて来て、現実の中のことを行うこと際にその現実の体験よりも自分の中の経験の中に、つまり無意識になってしまっているので、時間経過の途中に気がつかないので、たまに気が付いた時に、「ああ、もうこんなに時間が過ぎたと気が付いて、時間の経過が次第に早くなっていくのではないでしょうか。

 

年を取っても、新しいことに取り組んだり、新しい人と出会ったり、新しい経験をしている人は、その新しさの分、新しい経験を意識的にしていますので、意識的な経験が多く、たくさんのことを脳に刺激として送っている、結果的に色々なことをした間隔、印象があり、充実した心理が残っていくみたいなイメージです。

 

無意識は間違えなく現実を動かします。しかし意識は間違えながら(間違えそうになりながら)経験して行くこと(自分の無意識に新しい情報を増やしていく)が自分の新しい時間になるのではないかなと思っています。その分、今まで光が当たらない場所に光があたり、新しい道が出来ていく感じです。新しい自分が作られているので、結果的に情報量的に長い時間を感じるのだと思います。

 

年を取ると経験が増えるので、脳は経験に照らし合わせ、合理的に最短距離を進もうとします。(合理性は数学的な合理性もあるし、脳にとっての合理性もあります。つまり楽したいということです)。無意識で動いているので、その間、気がつかず、気が付いた時には、かなりの時間が経過している。意識化できる感覚情報を豊かに生きた方が、ご本人の充実度は高くなっていくのではないでしょうか。量子力学や哲学の中でも、現実はリニアなものでなく、ノンリニアなものとされてきています。自分軸で新しい現実を生き始める時から新しい時間軸が始まります。質的に変わるというのは、そういうことまで含まれる可能性があります。

 

 

風景を再構築する

こんにちは。

 

自宅の窓の外は、隣り合う3つのマンションの設置した緑地帯となっています。

この時期は少し暑いですが、窓を開けエアコンなしで過ごしていると、今も外の木々には鳥が何種類か来て、鳴いています。ちょっとしたバードサンクチュアリです。

 

スズメ、ヒヨドリ、ムクドリ、シジュウガラ、ハクセキレイあたりでしょうか。時間帯によっては、賑やかです。朝の目覚めは鳥の声で目覚めることも多いです。都心だとちょっとした贅沢な時間に感じます。

 

鳥は、人間と違う時間を生きています。違う時間を生きるものと出会うこと、人間にとっては、それは再生されていく時間となりますね。

 

最近、風景というのが気になっています。都心は再開発が進んでいて、大きな建物が出来、風景が変わっていきます。またこの新しい風景に違和感を感じる身体が増えていくのでしょうか。本来は風景は五感的なものだと思いますので、目で見える風景だけでなく、こうした耳に聞こえる風景、(サウンドスケープというのでしょうか)も、大事な気がします。聞きたくないのに聞こえてくる音も多い、都市生活です。なるべく風景や、音の風景も、気にして生活したいと思います。

 

ボディワーカーですので、さらに知覚を増やした身体風景というのを考えてみたいところです。空間的なスペース、音や温度、空気、人々の動き、その他もろもろの要素が重なり合って、風景が生まれてくる気がします。さらに止まった身体でなく、動的な身体風景です。風景を感じるには、統合的な知覚が働いているような気がします。風景が分割されて無くなっていた都市。風景の再構築が進む再開発。新しい風景。それに抗がうように風景を作り出す新しい人間。個人発の新しい風景。スマホの中と外の未来の風景。身体をベースにちょっと映像化してみようと思います。

そのうちにインスタにアップしますね(^ ^)

 

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何かでっかい事してやろう

こんにちは。

 

男の子なら一度くらいはそんなことを思うと思いますが、最近はそうでもないのかも知れません。

 

就職して社会に出て、何度か弾き戻される。そして、逃れるよに海外に行ったり、あるいは部屋に篭って、わけわかなないことを考えたり、妄想したり、先日当時書きなぐったノートが出てきたり、20代の僕は、さぞかし扱いにくい人間だったと思ったり。親はさぞかし心配していたでしょう。

 

最初の会社に入り、耐えきれなくなって、オーストラリアのワーキングホリデーに出かけました。旅の終わりにユララによって、エアーズロックを3日くらい見ていました。何もない大地に、エアーズロックと遠くにマウントオルガが見える場所があって、そこで。

 

「何かでっかい事してやろう。」 そんな妄想をしていた気がします。

 

 

心身症のようになって旅に出て、色々な人に出会い、色々な場所で妄想と空想し、リフレッシュして帰ってきて、また会社に戻り働いて、また苦しくなってきて。この非効率なサイクルをずっと続けるのかと、よく考えたものです。このまま旅人のように生きていこうとか、何度も考えたりしながら、それでも日本に戻ってきてしまったわけですが、結局日本に帰ってきたのは、その当時のことを考えてみると、あの頃自分を導いていたのは、その時その時の身近な人との関係性だった気もします。関係性の構築、今でも大事な気がしています。

 

今のネット環境がある時代だったらまた違う選択をしたかも知れませんね。

 

 

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